第38話 甘え上手のカガリ君
「——と、まあこんな感じで俺は涼音に惚れちまったわけだけど、お前は……」
「……感動しました!」
「はい?」
エピソードトークで仲を深めようとしたら、思っていたのと違う反応が返ってきた。目を輝かせてこちらを見てくる椎名には、先ほどまでの警戒や敵意がなくなっていた。
「だって、日向先輩って、サッカー部で一年生のころからスタメンでしたよね?」
「まあ、去年の秋からはそうだな」
「定期テストだって、いつもトップ10には入っているんでしょう?」
「よく知ってるな」
「敵の情報を集めるのは基本ですからね!」
敵って言うのやめてね。思ったよりガチで勝ちに来ていた事実に焦った。普通に準備満タンなこいつ相手に勝負したくない。
「そんな先輩が腐ってたことが意外でしたし、恩人の言葉で、そこから這い上がっていくのが、漢って感じでいいです!」
「は、はぁ、さいですか……」
突然、饒舌に語りだす椎名。興奮しているからかもしれないが、顔が近い。普通に離れてほしい。
「僕って、こんな見た目じゃないですか。それをいじられたり、好奇な目で見られたり、ずっとこの見た目で生きてきたからかわかりませんが、性格も女々しくて……」
「……」
「高校からは、男らしくなりたいと、周りのいろんな人を参考にしたんですけど、なかなか、いい人はいなくって……、そんなときに夏原先輩を見て思ったんです! この人みたいになれば、少なくとも女々しくないって!」
確かに、涼音はそこら辺の軟弱な男よりも、よっぽど頼りがいがあるし、困っている人を見捨てられない気がいも十分にある。そんな彼女をロールモデルにするのは自然ではあるか。
「だから、そんな先輩が、最近、女の子全開になって悲しかったし、原因であろうあなたに敵意を抱いていたんです!」
「はっきり言うな」
「しかし! 問題は解決しました!」
あ、ヤバい。なんか嫌な予感する。こういうとき、俺の勘はたいてい当たる。嫌なことだけには敏感なのだ。某映画風に言うと、カガリムズムズってやつだ。
「そんなかっこいい夏原先輩をも、女の子にしてしまう、真の漢、それが日向先輩だったんです!」
ガシッっと右手を、小さい両手でつかまれる。
「と、いうことで師匠と呼ばせてください!」
「断る」
「なんでですか! 兄弟とか言ってたじゃないですか!」
「絶対めんどくさい」
同士かと思っていたら、真の漢とやらを探すヤバいやつだった。尊敬されるのは悪い気はしないが、普通に怖い。
「認めてくれるまで、付きまといますよ!」
「堂々とストーカー宣言するやつがいるか!」
ほら、もうめんどくさいじゃん。椎名の様子を見る。自信たっぷりで、仁王立ち。絶対に譲らないという意思を感じる。……はぁ。
「……いったん、保留で」
「……まあ、いいでしょう!」
「じゃあ、俺は涼音と待ち合わせてるから……」
「はい! ではまた明日師匠!」
師匠ちゃうわ。そう突っ込むのも疲れて、涼音が待ってる教室に歩き出した。
***
「お帰り~。長かったね」
「まあ、ちょっと変わったやつでな」
「勝負の結果は?」
「不戦勝だ。だが、少し面倒くさいことになった。」
「めんどう?」
「……明日にはわかるさ」
健気に、一緒に帰りたいからと待ってくれた涼音に結果を話す。明日のことは明日考えるか。
「燎、じゃあ、そろそろかえ――わっ」
ギュッと抱きしめる。ノスタルジーを感じて、変な気分になってるだけだ。いつもより力が強いが許してほしい。
「ど、どうかしたの?」
「別に……したくなったからしただけ」
「燎が甘えてくるって新鮮……やばいなんか目覚めそう」
ハグをやめる。あっ、という寂しげな涼音の唇を強引に奪う。少し長いキス。
「……ぷはっ、ほんとにどうしたの? なんか嫌な事されたのか?」
もう一度唇を奪う。今、俺たちが、こうして過ごせる事実を確かめるように、舌をなぞる。
「涼音」
「はあはあ……、なに?」
「俺を好きになってくれてありがとう」
蕩けている涼音が、驚いた表情に変わる。しかし、すぐに笑みを作る。初めて話したあの夏の、日影の下で見た向日葵のような笑顔を。
「こちらこそ! 涼音を見つけてくれて、ありがと!」
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