こちら、ぽんこつダンジョン製造所

蒼碧

序章 無能皇太子、ダンジョン製造所従業員になる

皇太子、クビ

「皇太子シリル・グロリアスの皇位継承権を廃し、グロリアス国からの追放を命じる。」


 重臣達が集う王座の間で、俺は国王から直々にそう言い渡された。


「……マジですか、父上。」

 一応、確認してみる。


「今言った通りだ。即刻、国を出て行け。」

 父のキング・グロリアスは、冷たく言い放つだけだった。


「あの、一応、理由とかは……」

「先日の戦勝祝賀パレードの資金の一部が消えた。調べたところ、おまえが管理をしていたそうだな。」

「あー……」


 ダメだ。

 完全に外堀を埋められている。


 ちなみに、俺はネコババなどしていない。

 配下にお金を渡され、パレードに必要な物品を買い付けに行っただけだ。


 確かに、子供向けの美少女人形1万個は、おかしいと思っていたが。


「栄誉あるパレードの資金を、そのような趣味に費やすとは、言語道断。恥を知れ!」


 ちょっと待って。

 俺、そんな変態扱いされて、追放されるの?


「あのー、一応、申し開きをしますが……俺はそういう趣味はないです。」


 周囲から失笑が漏れている。

 これは完全にダメだな。


「黙れ。軍事魔法国家グロリアスの皇太子でありながら、18歳にもなって魔法の才は無能。その上、姑息な手段で横領し、淫らな趣味に費やすなど、不届きにも程がある。首が飛ばないだけでも、ありがたいと思え!」


 そうして俺は、文字通り城から放り出された。




「参ったなぁ……」

 俺は城の門の外で、途方に暮れていた。


 確かに、色々と不和はあった。

 でも、皇太子の資格を廃され、追放までされるとは、思っていなかった。


「そんなに悪いことをは、してないつもりだったけどなぁ……」

 思い当たることと言えば……


 父上の不倫を見てしまったことだろうか。

 母上の不倫を見てしまったことだろうか。

 軍部大臣の無意味な虐殺を咎めてしまったことだろうか。

 財務大臣の金品の私的流用を見付けてしまったことだろうか。

 魔法大臣の人体実験を注意したことだろうか。

 建設大臣の業者との癒着を強制的に止めさせたことだろうか。

 外務大臣の敵国スパイの処刑を止めさせたことだろうか。

 法務大臣の税金倍増法案を否決に持っていったことだろうか。

 総務大臣に他の大臣をもっとよく管理しろと言ったことだろうか。


「やべぇ……心当りが多過ぎる。」


 いや待て。

 これ、俺が悪いのか?


 なんて思って歩いていた、その時だった。


「うわーん!」


 不意に後ろから、子供の泣き声が聞こえてきた。

 見れば、5歳くらいの男の子が、野良犬に追い回されていた。


「あれまぁ。」

 俺はそこに駆け寄ると、スッと犬と男の子の間に割って入った。


「まぁ、落ち着けよ。」

 それだけ言って、俺は犬の鼻先に手を翳した。


 すると、興奮していた犬は嘘のようにおとなしくなり、俺の手に頭を擦り付け始めた。


「よーしよし、いい子だ。子供なんか追い回しても、何の得にもならないぞ。」

 俺がそう言うと、犬は「ワン」と返事をして、そのままどこかへ走り去っていった。


「ケガはないか?」

 そう尋ねると、男の子は半ば呆然としながら、うなずいた。


「う、うん。ありがとう……」


 その礼の言葉を聞いて、俺は思わず皮肉めいた笑みを浮かべてしまった。

「ありがとう、か。」


 正直、この魔法を使って、礼を言われるのは初めてだ。

 城の中では、蔑みしか受けたことがない。


 このグロリアスという国は、魔法軍事国家だ。

 魔法を戦闘に転用して得た強大な軍事力を元に、他国と戦争しながら、日々領土を広げていっている。


 この魔法というものには、誰しも向き不向きがあり、攻撃系の魔法が得意な人間もいれば、回復系の魔法が得意な人間もいるし、それ以外の魔法が得意な人間もいる。


 そして、俺はその“それ以外”の人間だった。


 俺が生まれつき得意な魔法。

 それは、“動物を懐かせる”魔法だった。


 これが、軍事国家では、何の役にも立たないのだ。


 おかげで、父上にも母上にも、家臣にすら無能呼ばわりされながら、俺はこの年まで生きてきた。


 それでも、皇太子として生まれた以上は、国を継ぐつもりはちゃんとあった。

 魔法が使い物にならないのなら、他で補おうと、政治やその他の学問を必死に学んだ。

 戦闘に出くわすこともあるから、武術も一通り収めた。


 それでも、この通り追放と相成ってしまった。


「俺がせめて攻撃か回復系の魔法が使えれば、大臣達も従ってくれたんだろうけどなぁ。」


 そう、魔法の力こそ、この国では全て。

 力がない俺は、追い出されるしか道がなかったのだ。


「おい、あれ……」

「シリル皇太子?」

 にわかに周囲が騒がしくなってきた。

 今の騒ぎを聞きつけて、周囲に人が集まり始めたのだ。


「まずいな。」


 俺は皇太子として、ある程度顔を知られている。

 筋骨隆々というわけではないが、細身でしなやかな体躯をしているし、顔立ちもそこそこ整っているので、庶民の中にいると目立つのだ。

 自分で言うのもナンだが。


 もし、賊にでも見つかったら、攫われたり、殺されたりする危険性がある。

 それくらい、一国の皇太子は、ならず者にとって利用価値が高いのだ。


「お坊ちゃん、動物はみんな優しいわけじゃないから、気を付けるんだよ。」

 俺は男の子の頭を撫でると、足早にその場を去った。




 俺は日が暮れるまで歩き続け、街の外れからボウンダリ山に逃げ込んだ。

 とりあえず、街から外れれば、ならず者に遭遇する危険性は低くなる。


 このボウンダリ山は隣国のネイタル王国との国境となっている。

 グロリアスとネイタルは休戦状態で、国境付近は軍事的にデリケートな状況なので、山賊なども住みづらい。

 身を隠すには絶好の場所だ。


「とりあえず、森に逃げ込んでみたはいいものの、これからどうしようかねぇ……」


 ほとんど無一文で、荷物も最小限の着替えをカバンに入れてきたに過ぎない。

 腐っても皇太子だったので、こんな山中で自給自足の生活など、出来る自信はない。


「と言うか、本当に俺に生きていられると、邪魔だったんだなぁ。」

 俺はその辺の岩に腰を下ろしながら、つぶやいた。


 正直、そこまで嫌われているとは、思っていなかった。


 まぁ、魔法もろくに使えないくせに、こういう空気を読めないところがあったから、嫌われたのかもしれないが。


「でも、このまま死ぬのも、癪だよな。」


 別に仕返しをしたいとは思わない。

 でも、意趣返しくらいは、やってもいいのではないか。

 その為には、まずは生き延びなければならない。


 ……なんて思っていた、その時だった。


「助けてー!!」


 どこからともなく、誰かの絶叫が聞こえてきた。

 続いて、ドンガンと、大きな物音が響き始めた。


「おいおい、城の外ってのは、こんなに悲鳴が飛び交うもんなのかよ。」

 俺はすぐさま、物音がするほうへ駆け出した。


 しばらく草木をかき分けて進むと、一人の女の子がへたり込んでいた。


「おい、大丈夫か!」


 俺が女の子に駆け寄ろうとした、その時だった。

 すぐ近くからベキベキと、木や枝をへし折るような音が聞こえてきた。


「また動物かよ。」

 イノシシやクマなら、俺の魔法で手懐けることができ―


「でけぇ!!!?」


 現れたのは、俺の4倍の背丈はあろうかという、化け物だった。

 四つ足で、犬か猫のような形をしているが、その大きさ、凶悪な目、鋭い爪と牙は、とても犬猫とは言えない。


「魔獣かよ!」


 動物ではなく、魔力を持った獣。

 そこら辺の野生動物より、よっぽど危険で、毎年多くの人が襲われて命を落とす存在だ。

 しかも、ここまで巨大なものは、書物でしか見たことがない。


「くそ!逃げるしかねぇ!」

 俺は腰を抜かしている女の子に駆け寄ると、その腕を掴んだ。


「立て!逃げないと、食われるだけだぞ!」

 だが、女の子はよほど恐怖しているのか、ガタガタと震えて、立てそうにない。


 そうこうしている間に、魔獣は目前まで迫ってきていた。


 もう間に合わない!


 俺はとっさに女の子を庇うように抱き締めると、グッと目を瞑った。


「ま、待て!!」


 そして、思わず叫んでいた。

 当然、魔獣が待ってくれるはずは……


「……」

「……」

「……あれ?」


 いつまで待っても、何の衝撃もこない。

 俺は恐る恐る目を開け、魔獣のほうを見ると……


 魔獣はおすわりしていた。


 まるで、犬のように。


「……マジか。」


 俺は呆然としたまま、魔獣を見つめ続けていた。

 そこで、女の子も目を開けた。


「……生きてる?」

 女の子はおすわりしている魔獣と、覆いかぶさるように抱き着いたままの俺を交互に見る。


「えっと、あなたが止めてくれたの?」

「多分……」

 俺もよくわからないんだが。


「ど、どうやって?」

「いやぁ……多分、俺の魔法。」

「魔法?」

 女の子が目を瞬いている。


「俺、動物を魔法で懐かせるのが得意なんだけど……魔獣にまで効くとは思わなかった。やったことなかったし……」

「魔獣を手懐けることができるの?」

「わからんが……っていうか、できたみたい。」


 その瞬間だった。


 女の子が急に立ち上がった。

 そこで俺は、女の子に抱き着いたままだったことに気付いた。


「ああ!ごめん!これはそういう意図はなくて、その―」


 次の瞬間、突然両肩を女の子に掴まれた。


 凄ぇ力!

 本当に女の子か!?


「あなた、動物や魔獣なら、何でも手懐けられるの!?」


 女の子は興奮気味に叫んだ。

 俺より遥かに小さいのに、何だこの力と気迫は。


「ど、動物なら大体……魔獣は今のが初めてだから、どこまでできるか、わからないけど……」

 俺はしどろもどろになりながら、答えた。


 すると、女の子は肩から手を放し、今度は俺の手を握り締めた。

 痛ぇ。


「お願い、あたしの製造所を手伝って!あなたがいれば、絶対に繁盛させられる!」


 急なお願いに、俺は目をパチクリさせるしかない。


「せ、製造所……?何の?」

「ダンジョンよ!」

「だん、じょん?」

「あたしのダンジョン製造所、手伝って!お願い!」


 女の子は目を潤ませながら、懇願してきた。


 とりあえず、握られた手が、途轍もなく痛かった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがきのようなもの↓

https://kakuyomu.jp/users/souheki/news/16818792437291139923

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