ジャキとネズミ
きょうじゅ
本文
ジャキとネズミ。二人の少年の前に転がっているのは、娼婦の死体であった。
「あ、あんちゃん。ど、どうしよう、これ」
「慌てんな、ジャキ。いま、考えてる。慌てんな。オレがなんとか、考えるから」
その死体は濃い化粧をしてキャミソールとショーツだけを身に着けた、しかし明らかに若くもなければ美しくもない、老いかけた女のものであった。
「あんちゃん。おいらじゃないんだ。おいらがやったんじゃないんだよ」
「わかってる。お前に、んな度胸あるわきゃない。それはオレが誰よりわかってる」
「う、うん」
ジャキとネズミは同じ孤児院で育った。ジャキは体が大きかった。彼はまだ幼い頃から、周りの近い年の子供などとは比較にならないほどに上背が高く、また肩回りも胴回りも大きかった。それで、誰が呼び始めたともなしに、とある漫画の人物になぞらえてジャキと呼ばれていた。一方のネズミは小柄だった。実は彼だけをよく見れば小さいと言うほど小さくはないのだが、いつもジャキとつるんでいて、並んでいると小さく見えるので、いつもネズミと呼ばれていた。
二人は孤児だから、本当の誕生日は分からない。役所の書類上は二人は同じ誕生日ということで登録されており、つまり同い年として扱われていたということになる。そして二人は兄弟のように仲がよかった。だが、どう見ても双子の兄弟というガラではない。顔も体形も少しも似てはいないし、そして兄貴分なのは体の大きいジャキではなく、頭の回転が速くて切れるところのあるネズミの方なのであった。
「下でいちまんえん払って、上にあがったら、ここにこれが転がってたんだ」
「うん」
「それだけなんだ。それだけなんだよ」
十六歳の誕生日とともに二人は孤児院を出た。そして地元の漁港で働き始めた。仕事はきつかったが、月末、最初の給料が出た。それで二人で花街で女を買い、二人して大人の男になろうとしたのだが、結果として待っていたものが、この事態だったのである。
花街とはいうが、二人が女を買ったのはまっとうな娼館ではなかった。下で女がひとりで客引きをしているだけの、小さな見世であった。裏にどういう事情があるのかジャキとネズミには分からないが、とにかく二人は何者かに死体を押し付けられ、おそらくは殺人の濡れ衣までをも着せられようとしている。仮に素直にここで警察を呼んで通報などしたところで、自分たちが殺したのではないという言い訳を、警察の連中が聞いてくれるものかとネズミは思う。
「死体は隠すしかない。オレが大八車を借りてくるから、お前はしばらくここで見張りをしてろ」
「わ、わかった」
病人でも担ぎ出すような恰好で死体を二階から下に降ろし、裏口で大八車に乗せる。そしてネズミは、ジャキの運ぶ車を漁港に向かわせた。
「う、海に捨てるのかい」
「いや。だめだ。このあたりの海に捨てても、すぐに死体は岸に流れちまう」
地元の育ちであるネズミにはそれくらいの知識はあった。
「柄之比島まで運んで、あそこに埋めよう」
その島というのは港の近くにある小さな無人島である。神社が立っているが、ふだんは人はいない。特別な祭りのときなどに人が渡るだけの場所だ。
「よし。お前はこっちのシャベルを使え」
「う、うん」
図体のでかいジャキが、一生懸命にシャベルをふるう。数時間はかかったが、死体を放り込めるだけの穴は掘れた。その通りにし、娼婦の死体の上に、柔らかい土をかけていく。近くを人が通りかかればものを埋めた痕跡は分かってしまうだろうが、こんな無人島であればそうそうバレる道理はない。そのうちには緑が土を覆い尽くすだろう。ネズミはそういってジャキを慰めた。
そして一か月後のことだった。二人の寝泊まりしているヤサを、警察官が訪れたのが、だ。
「に、にいちゃん。どうしよう」
「バレちまったみたいだな。どうしようもない。ここは観念して大人しく――」
「い、いやだ」
「なに。何を言い出すんだ、ジャキ」
「そんなことをしたら……にいちゃんが困るだろ」
「どういうこと——」
「おいら、知ってた。でも、おいらはにいちゃんを庇うよ」
ジャキは警察官がどんどんと叩くドアを内側から開けた。そして。
「うがあああああああっ!」
部屋にあったスコップを振るい、警察官たちに襲い掛かった。
「やめろ!」
と警官たちは叫ぶ。だが、ジャキはスコップを振り回し続けた。警官たちのうちの数人が、銃を構えた。それでもジャキはスコップを下ろさない。
たぁん たぁん
ジャキの巨体が、ゆっくりとくずおれた。
「ジャキ!」
「にい、ちゃん。たっしゃ、で」
ジャキは警察病院に運ばれたが、到着したときには息は絶えていた。そして、警察署に出頭を求められた、ネズミは。三日後に、真実の自供を始めた。
「……オレがやったんです。オレが、支払いのカネで揉めて、あの女を殴り殺しました。そして、オレは。弟分にすべての罪をなすりつけようとしたんです……」
ジャキとネズミ きょうじゅ @Fake_Proffesor
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