第46話『壊れそうな心』
受験本番まで、あと数ヶ月。
最後の大きな模擬試験の結果が、ウォンラット家にもたらされた。
結果は、もはや誰も驚かないものだった。
ウィン・ウォンラット、全国トップの成績。A判定。
その報に、父サクダーは満足げに頷き、兄エークは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
そして、ピム・ウォンラット。
結果は、前回とほとんど変わらない、B判定。
決して悪い成績ではない。だが、隣で輝く圧倒的な光の前では、その努力の成果も、色褪せて見えてしまった。
リビングの誰もが、口には出さない。だが、その視線が、雄弁に語っていた。「やはり、ウィンには敵わないのか」と。
ピムは、何も言わずに成績表を握りしめると、自室がある別棟へと、逃げるように戻っていった。
その背後を、冷たい影が追う。
母、マリカだった。
ピムの部屋のドアが、乱暴に閉められる。
マリカは、娘が何か言う前に、その手から成績表をひったくった。
「……これが、あなたの全力なの? この数ヶ月、最高の教師をつけて、最高の環境を与えた結果が、これなの?」
その声は、失望と、そして焦燥で、冷たく響いた。
「ごめんなさい、お母様……。でも、私、頑張ったの……」
ピムは、か細い声で答えるのが精一杯だった。
だが、マリカは、そんな娘の努力を、一言のもとに切り捨てた。
「頑張るだけでは意味がないのよ! 勝たなければ!」
彼女は、成績表をピムの目の前に突きつけた。
「いいこと? このままでは、あなたは、ただの『ウィンの引き立て役』になるだけなのよ!」
引き立て役――。
その言葉は、鋭い刃物のように、ピムの心を突き刺した。
「世間は、こう言うでしょうね。『ウォンラット家の神童ウィンと、その陰で健気に努力した、哀れな妾の娘』……! あなたは、あの坊やの成功物語を彩るための、ただの飾り付けにされたいの!? 私が、それを許すとでも!?」
マリカの言葉は、止まらなかった。
それは、もはや叱咤激励ではなかった。娘のプライドを、その心を、ズタズタに引き裂くための、呪いの言葉だった。
「やめて……」
ピムは、両手で耳を塞いだ。
「もう、やめて、お母様……」
目の前が、ぐにゃりと歪む。
頭が、ガンガンと痛い。
連日の寝不足と、極度のプレッシャーで、彼女の心と体は、すでにはち切れそうなほどに張り詰めていた。
母の言葉が、その最後の糸を、容赦なく断ち切った。
視界が、急速に暗転していく。
「……お願い、だから……」
それが、彼女の最後の言葉だった。
糸が切れた人形のように、ピムの体は、ぐらりと傾いた。
そして、床に崩れ落ちるように、その場に倒れ込んだ。
「ピ、ピム……?」
自分の言葉が引き起こした結果に、マリカが初めて狼狽の色を見せる。
「ピム! しっかりなさい、ピム!」
マリカの、普段の冷静さからは想像もつかない、甲高い悲鳴が、母屋にまで響き渡った。
その声を聞いた瞬間、俺は、読んでいた参考書を床に叩きつけ、部屋を飛び出していた。
胸騒ぎが、心臓を鷲掴みにする。
まさか――!
俺は、全力で別棟へと走り、ピムの部屋のドアを、躊躇なく蹴破るように開けた。
目に飛び込んできたのは、床に倒れ伏すピムの姿と、その横で血の気の引いた顔で立ち尽くす、マリカの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます