魔法少女症候群

Reka

第1話

神奈川県、阿野警察庁。取調室。

壁も床も灰色。無表情なコンクリートが全てを押し潰すように沈黙していた。

空気には、消毒薬の匂いと、安物のタバコの残り香。混ざり合い、乾いた苦さを漂わせる。

ただ一つ置かれた重い鉄製のテーブルを挟み、二人の男が向き合っていた。


一人は座っていても背が高く、手足がやけに長い。

髪は適当に撫でつけただけ。けれど、スーツのシルエットも、ピアスの位置も妙に整っている。

胡散臭い笑みを浮かべ、飄々とした空気を纏ったその男は、手錠をかけられていた。

今、司法取引の話を持ちかけられている最中だった。


手元の書類をパラパラとめくる。その目だけが、ふざけた態度とは裏腹に、獣のように冷たい。


対するもう一人の男は、まるで見本のような警察官だった。

シワひとつないスーツ。キッチリ撫でつけたオールバック。

目つきは厳しく、言葉は簡潔。まるで鉄のルールが人の形をとったようだ。


その男が、淡々と説明を始めたときだった。

胡散臭い男が、片手で書類を持ったまま口を開いた。


「まず、これは……」


被せるように、飄々とした声が続く。


「えーっとつまりぃ──」


まるで友達との雑談だ。取引でも、命のやり取りでもない。

声には緊張の欠片もなく、足を組み替えながら言葉を続けた。


「詳しい話は省くけど、要するに──危険分子を殺せばいい。

監視付きだけど、ある程度は自由にしてもらえる。

うまくやれば、これまでの罪もチャラ。

でもサボったり裏切ったりすれば、アウト。そんな感じ?」


冗談めかした口調。

けれど、情報の要点は抜けがない。むしろ、完璧だった。


対面のスーツの男が、短く頷く。


「その認識で相違ありません。……来週の、同じ時間にまた来ます。それまでに結論を」


立ち上がり、書類を回収しようとした、その時だった。


「いいよ、やるよ」


軽い。だが、はっきりした声だった。

スーツの男の動きが止まり、ふたたび男を見下ろす。


胡散臭い男はウインクをひとつ残し、ふざけたように口角を上げた。


「書類に、キスマークでも付けといてあげようか?」

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