波乱に満ちた長い後日談、そのプロローグ

 全身を包む柔らかな感触と共に目を開ける。染み付いた薬の臭いと全身に絶え間なく走り続けている鈍い痛みを感じながら、意識を失う前とは違う何処かで寝ている自分の体を起き上がらせていく。

 カーテンが閉じられているが、その隙間から月光が薄く入り込んで来ているのを考えるに夜も更けたその先の深夜なのだろうと推測出来る。

 暗闇の中で自身の手を見れば白い包帯が隙間なく巻いてあり、軽くどんな感じなのか触ってみれば包帯の見た目をした防具兼拘束具だというのが分かる。やったのはおそらく賢者だと思う、過去三・四回程度だが同じようなことをされたからな。

 多分下手に動こうとすれば賢者に連絡が行って、勇者と聖騎士が即座に捕獲しに来るだろう。どうしてだろうな?


 そもそもの話、此処は何処なんだろうな。

 暗闇の中でも確認出来る限りの情報だけで考えると、何処か正統で高貴な人間の居住地であるというのと、俺が最後に意識を喪失した場所からは遠く離れているということくらいしか今の俺には判断出来ない。

 あと、なんとなく。本当になんとなくなんだが、部屋の入口にある扉を開けることは出来ないような気がする。鍵が掛かってるとかじゃなくて、なんか扉の形をしたトラップな気がする。


 取り敢えず、此処から去るというか逃げるには窓を使うしかないな。

 目覚めたからにはしっかり挨拶をして、戦いが終わったことの喜びを共有するべきだとは思うんだが、その後に待ち受ける諸々のことを考えると逃げたい。

 説教は嫌なんだ、普通に理詰めされるのもしんどいけど、大概隣で聖女が座って涙目になりながら服の裾を掴んでくるから心が痛む。あとこっちもなんとなくなんだが、今この瞬間に逃げておかないと不味いことになると何かが訴えて来てる。



 だから逃げることにする。

 俺の役目も終わったことだしな。

 そのための手段は、まぁ対価の方が少しばかし心配になってくるが、一応すぐにでも利用出来るから利用することにする。褒められたことじゃないけどな。


 なにせこの世界で最も狡猾で残忍で、その上性質的には単純に世界を滅ぼそうとしてた魔王とか邪神の方がマシなレベルの存在な、悪魔に頼るんだからな。



***************



 この世界で悪魔を呼ぶ術が複数存在している。

 魔法陣を描いて其処に生贄を捧げるというのが一番オーソドックスで、簡単に調べただけであれば基本的にはそれしか見つからない。

 だがそれ以外の術というは確かに存在しているし、なによりそれでは目的の悪魔を呼ぶことは出来ないので、必然的に今回俺が利用しようとしているものを始めとしたそれらを知ることになる。


 それで俺が使うのは血の契り。互いに合意の上で指定した部位から血液を流して、それを繋がりに意思の力で悪魔を呼び寄せるというもの。

 二回目以降でなければ使えない方法で、それも悪魔と合意が交わせなければ不可能という実用性は殆ど皆無といっていいもの。

 だが確実性はずば抜けていて、少なくとも俺が俺の意思で悪魔を呼び出そうとした時では一度も失敗したことがない、100%で俺に力を与えてくれた悪魔を呼び出すことが出来ている。

 だから、俺は躊躇いもなく実行することが出来る。


***************



 ベッドの上から下りて舌を噛む。

 走る痛みと共に流れ出した血を吐き出しながら、頼みたいことがあるから来てくれと悪魔へと意思を飛ばす。

 そのまま数秒待っていると吐き出した血が浮き上がり、筆のような形になって空中に独特な形状の魔法陣を描き出す。

 未だに慣れない血の味に辟易して舌を外に出しながら待っていると、完成した魔法陣が端から燃えて行きそれと入れ替わるようにして女が姿を露わにする。


 年齢は十五程度で見た目は大して整っていない、良くも悪くも普通の子供といった雰囲気の人間。浮かび上がる個人的な考えを言うなら、既に成人済みで同時にもう死んでいる筈の日本人女性だなということくらいだ。

 別に見た記憶がある訳でもない、全くもって知らない人間の姿であるというのに。何度見ても同じ考えが頭に浮かび上がってくる。


「おひさ、元気そうだね?」


 片手を上げながら俺の舌を治し、軽い調子の日本語でそんな言葉を吐く悪魔に対して両手に巻き付いた包帯を無言で見せびらかす。

 元気ではあるが、こんな状態だなんてことを示すために。


「ありゃりゃ、ガチガチだねぇ。お願いはそれを解く事?」

「それもある」

「ふーん、あとは此処から抜け出したいってことかな?」

「あぁ、そうだ」

「ほーほー、うんうん、なるほどねぇ」


 見せた包帯を見て同情するような表情をしながら、理解しているかのように話してもいないこちらの頼みを言語化する悪魔に肯定を示しながら、下りたベッドの上に再び腰を下ろして軽く脱力する。

 全身の鈍い痛みもそうだが、『不死身』と『無敵』を連続で使用し続けたことによって差し込まれた代償の清算がまだ終わっていない。

 だから体を動かすには意識して力を入れて動かし続ける必要があるんだが、色々と抜けていない状態でやってられないので力を抜けるタイミングでは抜いておきたい。


「出来るか?」

「んー? 出来るよ、このくらいなら大したことないしね」

「なら、対価はなんだ?」

「考えちゅー、何にしよっかなーって」

「そうか。出来れば軽く頼む、あまり支払えるものがないからな」

「うんー? まぁいいよー、結構もらってるしねー」


 顎に指を当てて、クルクルとその場で緩やかに回り始める悪魔に、出来る限り支払う対価を軽くしてくれと頼んでからベッドの上に倒れ込む。

 実際のところ、皆の元から去った後のことについて具体的な考えがあるのかと問われれば『ない』の一言で片づけられる。

 漠然とした願望はあるが、それを実際に叶えられる場所やら伝手というのは思い当たらないし、仮にあったとしても今の情勢でそれが叶えられるとは思えない。

 世界は救われたが残党はまだいるし、なにより魔王と邪神によって引き起こされた被害というのは一日二日で復旧出来るような物じゃない。


 だから、繋がりのある場所を頼るというのは難しいし、繋がりの無い場所を頼るというのは土台無理な話ということだ。

 あと、そもそも俺にそういう知識や経験がない。煽りながら肉盾になるくらいしかこれからの世界で使える物がない。いや一応最低限の計算は出来るし、文字の読み書きくらいなら出来るんだが、そのくらいなら辺境の孤児とかいう特殊な出生でもない限りはこの世界での標準的なレベルだからな。

 俺じゃなくてもいいし、俺である必要がないからな。あと使い潰してきた力の代償的な問題もある、客観的に見て呪われてる人間を受け入れたいとは思えん。


「あぁ、そうだ。少しいいか?」

「んー? 大丈夫だよー、なにー?」

「俺が気絶してから何日経った?」

「まだ十日くらいかなー? 二日前に魔王と邪神を討伐したパレードが無事に終わったよー」

「そうか。なら、俺が必要になることはないな?」

「………うん、ないかな! 公的にもあんまり表に出てなかったから知ってる人も少ないしね!」

「なら、書置きを残さなくても問題は無いな」

「…………」

「どうした?」

「いや、別にー?」


 相変わらず悪魔は分からんな。

 根本的に人間とは違う種族、というか生物の規範を越えた存在だからな。

 結構な付き合いだし、頼み事以外で雑談を相手をしてもらったが、いまいち内面的な部分は理解出来ていないしな。


「うん、決めた」

「決まったか。なんだ?」

「もう一つ呪いを追加で受けてね」

「その程度か?」

「普通は嫌がるんだけどー? まぁいいや、それを受けてくれたらその包帯は外してあげるし、ちょっと遠くに送ってあげるね」

「あぁ。それで、どんな呪いだ?」

「想いが強くなる呪い」

「なに?」

「だから想いが強くなるっていう呪い。貴方に向けられる感情とか心情とか、そういうのが強くなるっていう呪いだよ。貴方が目の前で傷付くたびにね」

「あー、つまり憎しみとか憐みが強くなるってことか?」

「それに限らないけどね!」

「まぁ、その程度なら別に良いが」


 それなら、もう少し早く欲しかったな。

 憎悪とかも強くなるなら、ヘイト管理がもっと楽になっていた筈だ。

 だがまぁ、そこまで受けて悪い物ではないな。少なくとも変に寿命が延びたり、力を使った代償とかに比べればまだマシだしな。


「ふふーん、じゃ早速始めるよー!」

「あぁ、始めてくれ。そろそろ気付かれそうな気がする」

「私がそんな下手を打つとでも? 聖女とか勇者が聖骸でも引っ張り出してこなきゃ問題ないように手配してあるよ」

「それなら、問題はないか?」

「うん、問題ないよ!」


 その聖骸とやらが何かは分からないが、そこまで自信に満ち溢れているのなら問題は無いのだろう。まぁ実力を疑っているつもりはないというか、疑えるだけ俺はこの悪魔に対しての理解を深めていないからな。


 取り敢えず、立ち上がって悪魔の前に立つ。

 少しだけ俺の視線の方が上になるので、見下ろすように顔を下に向けると、ニヤリとした悪い笑みを浮かべてこちらを見上げていた。

 その表情に、積極的に利用している立場で言うのもあれなんだが、確かに皆が頼るのは止めろと言ってくる筈だななんて漠然とした考えを浮かばせる。

 まぁ、今更捨てられないんだが。


「じゃあ、結構遠くに飛ばすからね。危険かどうかは分からないから、自分で頑張って対応してね」

「あぁ。色々と世話になった」

「今生の別れみたいだけど……多分、今後何回も私に頼る羽目になると思うから別れの挨拶はしない方がお得だよ」

「……そうか。なら、今後も世話になる」

「うん、いいよ。じゃあ飛ばすね」

「あぁ、頼む」

「あ、そうだ飛ばす前に助言を挙げるね」

「? どうした?」

「背中とお腹に木の板でもいいから、何かしらを入れておいた方が良いよ」

「??」

「ふふーん、じゃあね!」


 何を言ってるのかは分からなかったが、この悪魔の助言が間違っていた経験はないので飛ばされた先で入れられる何かしらを探すことにしよう。


 そんなこんなで待っていれば、全身に巻き付いていた包帯が解けて落ちていくのと同時に体が何処かへと移動させられ始める感覚がする。

 無事に移動が始まるんだなというのが理解出来たので、視界の端に移動して手を振っていた悪魔に向けて小さく手を振ってから、感覚に身を委ねる。

 取り敢えず辿り着いた先が、危険な場所ではないようにと願いながら。



「え、嘘でしょ? 本当に引っ張り出してきたの?」



 最後に飛び込んできた、珍しい悪魔の焦る声を耳にして、それを引き金に俺の体は全身に掛かる大きな衝撃と共に何処かへと移動する。

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