第11章~タイムリミット・ラブ~
11-1 2度目の文化祭
十一月中旬――
教室はざわざわと熱を帯びていた。「星降る夜の奇跡」の主役が決まる日。みんなの視線と期待が、教卓に集まっている。
私は表情を繕いながらも、心臓の音が耳に響くほど緊張していた。――結果は、知っている。もう一度繰り返すこの日々。だから驚きなんてないはずなのに、胸の奥がふるえて止まらなかった。
「主役は、一之瀬と白波に決まりました!」
辰巳先生の声が響き、教室中が拍手に包まれる。カレンとユウヤが顔を見合わせて、いたずらが成功したみたいに笑っているのが見えた。春樹君はちらりと私を見て、小さく頷く。応援の眼差し。
(……また、ここから始まるんだ)
わかっていたのに、やっぱり胸が熱くなる。隣の席のイオリ君がほんの少しだけ息を呑む気配がして、私も自然と指先を握りしめていた。
稽古の日々が始まった。ダンスのステップ、台詞合わせ、視線を交わす練習。初めはぎこちなかった距離が、何度も繰り返すうちに少しずつ縮まっていく。
それは前の世界線でも経験したこと。でも今回は、イオリ君がほんの少しだけ私に近い。肩が触れそうになる瞬間も、手が重なりそうな場面も、あの時より多い気がした。
ある日の稽古。ダンスの振りを合わせていた時、不意にイオリ君の手のひらが私の指先に触れた。その瞬間――クロノコードが淡く震え、脳内に警告が浮かぶ。
《警告:世界線同化率 83% 任務逸脱リスク》
(……うん、わかってる。けど……)
これはただ、同じ日々をなぞっているだけ。そう言い訳しながら、私は視線を逸らし、指先をほんの少しだけ彼の手に重ねた。ほんの一秒、二秒――それだけで心臓が痛いほど跳ねる。
イオリ君の肩がわずかに揺れ、耳の先が赤く染まる。彼は顔をそらしたけれど、手を引くことはなかった。その沈黙が、答えをもう示しているようで、胸の奥が熱くなる。
(やっぱり……また、私のことを好きになってくれてるのかな)
嬉しいはずなのに、どうしようもなく切なくなる。だって、この時間は永遠じゃないと知っているから。
re:十二月十日。文化祭当日。
校舎中が笑い声と模擬店の匂いで満ちている。廊下には人だかり、舞台袖には緊張と興奮が入り混じった空気。
カレンが衣装を整えてくれて、春樹が大道具を最終確認して、ヒナが音響機材を操作している。みんなの視線に送り出されるように、私とイオリ君は舞台に立った。
幕が上がり、光に照らされる。観客のざわめきが遠くに引いていくように感じられた。台詞を交わし、動きを合わせ、視線を絡める。彼と私だけの世界が、確かにそこにあった。
クライマックス。台本通り、イオリ君が私の手を包む。でも私は――そっと、自分からもその手を握り返した。観客には気づかれないほどの、小さな力で。
クロノコードがまたかすかに震えた気がした。だけど私は目を閉じて、心の奥で小さく呟く。
(未来がどうなるかなんて、知ってる。……でも、今だけは)
拍手が一斉に湧き起こる。光に包まれたイオリ君の横顔は、前の世界と同じように輝いていて。私はただ、その時間を胸に焼きつけていた。
【美月の日記 12月10日】
今日は本番だった。舞台に立つと、胸の奥のざわつきがぎゅっと引き締まって、逆に落ち着く不思議な感覚があった。幕が上がる前の楽屋の匂い、化粧の匂い、ちょっと汗ばむ手。全部、今の私の一部になるんだって思った。
稽古のとき、イオリ君と何度も隣り合って動いた。振り付けの合間に指先がふっと触れた瞬間があって——あのとき、胸が「ドキッ」てしたのを今でも覚えてる。ほんの少しの触れ合いだったのに、耳の奥で冷たい声が囁いたのも聞こえた。世界線同化率が下がった数字が聞こえた。83%。数字を聞くたびに、頭では「戻らなきゃ」って分かっているのに、体は正直で。
私、ずるいんだと思う。未来を守るためにここにいるのに、目の前の温もりを優先してしまったり、AIの警告をわざと聞こえないふりしたりして。だけどその「ずるさ」って、今を笑っていたいって気持ちの裏返しでもあるんだよね。だって、明日何が起きるか分からないから。だからこそ、今日を大切にしたい。
舞台のライトの下で、イオリ君が笑った顔がほんの少し、前より柔らかく見えた。あれが「また好きになってくれた」顔なのかもしれないって思ったら、胸が温かくなった。嬉しくて、でも切なくて、泣きそうになるのをぎゅっとこらえた。
終わってからみんなで抱き合ったときの匂い、袖口に触れた冷たさ、客席から聞こえた拍手の波。全部をひとつずつ記憶しておきたい。いつか全部忘れる日が来るとしても、今この瞬間の私の気持ちは、誰にも消せない。
最後まで、約束を果たすつもりだよ。それでも、ちょっとだけわがままを言わせて。もう少しだけ、この時間を、イオリ君と一緒にいさせてください。
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