第19話 悪女の子とは

 「ん? んんん・・・・あ!?」


 暗い場所。

 そばにある丸テーブルの上の蝋燭の明かりのおかげで、自分の周りだけが見えていた。

 椅子に縛り付けられて、後ろ手にされている。

 これでは身動きもできない。


 「ど。どういうこと? あれ? アルス様に会いに来て・・・そこからの」


 記憶がない。会いに行った人物に会った記憶もないから、自分がいったいどこにいるかもわからなかった。

 アルスのお屋敷に行ったのかも曖昧になる。


 「起きましたか。姫君」

 「え? え?」


 声が聞こえるけど、暗闇のせいで分からない。ルドミアはキョロキョロする。


 「赤の姫君」

 「え。そ、その声は、アルス様?」

 「ええ。そうです」


 暗闇の奥に光が出てきた。あちらも淡い光。弱々しい光は、ルドミラのそばにある蝋燭の光と同じだった。それらが、次の瞬間には、パパパパパっと光っていく。

 蝋燭の光たちが暗闇の場所を照らすと、広めの一室だった。

 

 「助けに来てくださったんですか?」

 「ん?」

 「え。違うのですか」


 突然、変な場所に来ていて、そこで目が覚めた。

 そしてその時にアルスがいたのらば、助けに来てくれたのだと思った。

 単純で思い違いのルドミラに笑い抑えながらアルスが話す。


 「ええ。そうですよ」

 「やっぱり、変だと思ったんです。そうだ。リナさんは。リナさんは大丈夫なんでしょうか」


 一緒にいたんだから、彼女も何らかの事をされているはず。

 ここにいないのもおかしいと思っていた。


 「ククククク。ハハハハハハハ」


 笑いを堪えられず、部屋の奥にいるアルスが大笑いした。

 ずっと平和ボケしている暢気なお姫様を嘲笑した。


 「そうか。そうか。君は、今の状況がよくわかっていないのか。ああ、なんて察しの悪いガキなんだ」

 「え? あ、アルス様?」

 「リナ」


 アルスがリナの名を呼ぶと、ルドミラの左後ろから彼女が現れた。

 

 「はい。アルス様」

 「え? リナさん」

 「ええ」

 「・・・無事だったんですね」

 「当然です」


 (え、当然? どういうことだろう)


 起きたばかりのルドミラは、現状を把握しきれていなかった。

 元々勘が良いタイプではないし、頭も良くない。

 人付き合いも苦手で、仲良くしてくれた人を信じてきたタイプの人間。

 だから、リナの事も信じ切っていた。

 しかし。


 「世間知らずのお嬢様。世の中は甘くないのです。私はここで見学します」


 リナが部屋のベッドに優雅に座った。


 「え? あ、あのどういうこと・・・でしょうか」

 「君はどういう経緯でここに来たのかな」

 

 アルスが聞いた。

 

 「それは、アルス様に助けてもらえるかもと」

 「誰を?」

 「お母様の事です。あれは濡れ衣なんです。お母様がお父様を殺すなんてありえない。だから、その事で助けてもらえると思って」

 「どうして私が助けると?」

 「それは、婚約者に一度はなってもらいましたし、リナさんもアルス様なら協力してくれるからって・・・二つの貴族が協力すれば、何とか出来ると・・・・」


 リナから聞いた話を自分なりに解釈すると、こんな感じだと。

 最初の緊張が嘘かのようにスラスラと発言が出来ていた。


 「リナが? リナ。君はそんな事を言ったのか」

 「いいえ。私はそんな事を言っていません」

 「・・・・・・」

 

 冷たく言い放つ言葉が、冷たい刃となって胸を刺す。

 ルドミラは何も言えなかった。


 「私は、アルス様にお会いして、寵愛を貰った方が良いのではと言いましたよ。売女の子供らしくと」

 「え?」


 話が違う所か。別問題が生じていた。

 事件が、貞操の危機に変わっていた。

 

 「そうか。そうだよな。私の妻になると言っておきながら、偉そうに断って来たからな。まあ、それはこの女のせいじゃない。あの女のせいだ」

 「そ。それは・・・」


 違うとは言えない。

 ルドミラは、親の都合により、縁談が起きて、結婚が破談になった。

 自分が決断した事じゃないから、違いますと胸を張って言えない。

 

 「だから。妻にしてやる。私の側室だがな」

 「側室?」

 「そうだ。私の正室は、最初から決まっている。リナだ」

 「え? り、リナさんが」


 リナを見ると、蔑むような眼差しをこちらに向けていた。

 今までの微笑むながらの優しい眼差しじゃない。

 明らかに敵視していた。


 「は、初めから・・・私と婚約している時から?」

 「ああ。そうだ。最初から貴様は、私の側室だったのだ」

 「え。で、でも・・・」


 自分は王の子。

 それが、大貴族と言っても格下の家に嫁入りするのだから、当然に正室だと思っていた。

 しかしそれは幻想だったようだ。


 「貴様は、敵国の女の子供だぞ。それが、私の妻になれるのだから、感謝して欲しい位だ」

 「・・・・そ、そんな・・・私は・・・」


 だんだん状況が飲み込めてきた。

 最初から誘い込まれていたので、リナの罠にかかって、ロベルホーン邸を訪問した。

 そこで、このようにして捕らえられた。

 そして、することは尋問と脅迫と・・・それとあとは強姦、視姦だ。


 「あなたの良い子ちゃんぶりには、反吐が出ます。悪女の子ならば、悪女らしく振舞うべきでしたね。そしたら私も少しは認めてあげましたのに。中途半端な子。あの母親と同じように」

 「り、リナさん・・・」


 心を折りに来ている。

 友達だと思っていた人が、ここに来ての最大の裏切りは、厳しい。

 心の支えが無くなっていく。

  

 「あ・・・お母様。お母様はこれを・・・すでに」


 突然思い出したのは、母の言葉。

 『駄目です』

 この言葉が、頭の中を反芻していく。

 頭痛がするくらいに何度も何度もだ。

 母は気付いていたのだ。この人の悪意を・・・。


 「心がこんな事で壊れてもらっても困るな。ここから楽しい出来事の始まりだからな」

 

 ルドミラは、ニヤニヤと笑うアルスの顔を見ていない。

 彼の様子も、リナの様子も、どちらの顔も見ている暇がないくらいに動揺していた。


 「貴様が信じられるのは、この私だと、体に刻みこんでやる。美しい真っ赤な女を私の色に染めてぐちゃぐちゃにする。フハハハハ。これほど愉快な事はない」

 「英雄は色を好みますのね。アルス様」

 「さすがは、私の妻となる女だ。ここで見学をするつもりか」

 「ええ。もちろん。この女の心が消えるのを楽しみにしていましたから」

 「ああ。では見ていけ。今からやる」


 ルドミラに近づいたアルスは、呆然としているルドミラの肩に手を置いた。


 「おい。返事をしろ。何もしていないぞ」

 「・・・・・」

 「言葉だけで、もう心が折れたのか。はぁ。つまらん。人形を抱くことになるのか」

 「・・・・・」

 「では、こうだ」


 肩に置いた手を思いっきり下に引っ張る。

 無様な姿にまでルドミラの服が破かれた。

 下着が見える格好になった彼女は、精神が既に崩壊しかけていたから、言葉が出なかった。


 「はぁ。これはつまらん。そそらんぞ。リナ。なんとかしてくれ。せめて、こちらを意識させろ」

 「わかりました」


 ベッドから降りて、ルドミラのそばに行ったリナは、彼女を縛る縄を解いた。


 「何をしている?」

 「アルス様。どうせこの女は動けません。だったら楽しめばいいんじゃないですか。悪女の子も美しいのです。ならば、全身を舐めまわした方がいいでしょう」

 「ふっ。そうだな。やはり、リナは私の事をよく分かっている。さすが正妻だ」

 「ええ。もちろんですよ」

 「では、全部を・・・・」


 二人でルドミラを襲おうとした瞬間。

 屋敷全体が騒がしくなった。

 普段ならば、別に誰かが騒がしくても気にしないが、ここは最大の楽しみの最中。

 二人がその騒ぎを調べようと扉を開いたその時。


 鬼の声が屋敷に響いた。

 

 「出てこいアルス! お嬢様に指一本でも触れたら、貴様の命はない! 出て来ないのなら、この世に塵も残さんぞ」

 「「!?!?」」


 リナとアルスが顔を見合わせたのだった。

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