第11話 約束って
「リューダ」
「はい」
「今からする話を内密にしてほしいのだが。よいか?」
「はい、何をでしょう」
「エルヴィラは、何に怒っている?」
「え。お母様が怒っている?」
「知らんのか?」
「知りません。怒っていたのですか」
「いや、お前の誕生会の時に怒っていただろう」
「・・・ああ、たしかにそうですね。でも、あの時だけですよ。次の日にはいつものお母様です」
「なに!?」
ルドミラは、自分の誕生日が急にお開きになった事が、何も特別な事だったと思っていなかった。
母の我儘ぶりは、いつもの事だから、別に何とも思っていなかったのだ。
むしろ、母の怒りが自分に向かなかったのが、唯一の助かった事だと思っているのだ。
「はい。だから、何に怒っているのでしょうか。お父様。怒られているのですか」
キョトン顔の娘。
その顔をされたら、王は最後の望みが絶たれたと思った。
原因さえ分かれば、何とか出来ると思ったのだ。
ファラに言われた通り、娘を使う事は考えていないのだが、娘から事情だけは聞こうとしたわけだ。
「はぁ。何に怒っているのか。困っているのだよ」
王が悩む姿を見るたびに、周りの人間たちの表情に曇りが見える。
このままいけば、こいつらの顔は土砂降りの雨になるんじゃないか。
クラウスは、この場の全体を警戒していた。
「お父様が怒らせたのですか? お父様だけ怒られてる?」
「ぐっ。その純真な疑問が・・・今の私には痛いな」
エクセルスは、玉座の間にいるが、今の立場は王というよりかは、父であった。
「はぁ。どうしたものか。グリン。なぜ怒っているのだろうか。お前の妻は、何で怒る」
「私ですか。私は、妻に怒られたことがありませんので、よく分かりません」
「なに、妻に怒られたことがないのか」
「ありません。不満や愚痴を言われたこともありませんので」
「なんと・・・」
それって、一方的なんじゃないのか。
王は、グリンの夫婦生活を心配した。
「はぁ。そうか。リューダもわからぬか・・・そうだ。クラウスとやら」
「はい」
「エルの命令で、護衛をしているんだったな」
「はい。そうです」
「では、主がエルだという事だな」
「はい」
さっき言っただろとは思っても、表情には微塵も出さないクラウスだった。
「では、エルが何に怒っているか分かるか」
「わかりません」
「そうか。怒りそうなことも分かるか。部下であるならば、怒られてきただろう」
「いいえ。エルヴィラ様に怒られた事など、一度もありません」
「なんだと。部下なのだろ」
「はい。私やファラさん。エルヴィラ様の配下たちは、エルヴィラ様が怒っている所をほとんど見た事がないです」
この場にいた全員が、嘘だろという顔をした。
あの悪女が、部下を怒らない。
にわかには信じられない話だった。
「怒られたことがないのですが、私は、エルヴィラ様が怒りそうなことは分かります」
「ん? なに。どんなことだ」
まさかの救世主となるのか。
王は、前のめりになって話を聞く。
「人が人道を離れた時に、エルヴィラ様はお怒りになります。なので、王は道を間違えたのでは?」
「・・・・・」
指摘の鋭さにより、王は固まった。
「だから、単純に考えてみてください。王。あなたが約束を破ったのでは?」
「・・・・約束・・・そうだ。あの時、約束と言っていたな・・・そうだ。エルが言った約束とは何だ」
彼女の怒りに衝撃を貰いすぎて、あの時の記憶が曖昧な王。
必死に過去を思い出していた。
「それはこちらには分かりません。夫婦の約束です。王であるあなた様でも、それを口外なさりますか?」
「しない・・・待て。思い出さねば、これを自分で思い出さねば、許してもらえないな」
ここが正念場だ。
王はひたすらに、エルヴィラとの過去を思い出していた。
◇
約束をした場面で、思い出せる範囲であると二つ。
まずは最初の出会い。
輿入れの際の事だ。
『私が生きている限りで、ブイエラ王国に手を出すことを許しません。それでもし、あなたが手を出すとお決めになるのなら、私はブイエラ王国に即刻戻り、最後の一兵となってでも、あなたと戦います。こちらが消滅をしても、私が消滅しない限り、戦います』
これが、彼女の第一声だった。
凄まじい嫁が、こちらに来たものだと、当時は思ったものだった。
その凛々しさに、あの美しさが加わると、エルヴィラは無敵の女性だった。
エクセルスが惚れたのは、何もその美貌だけじゃなかった。
勇ましさにも惚れていたのだ。
次の約束・・・。
これで思い出したのが重要な事だった。
それはあの事件からだ。
ラーゲン一家抹消事件からの一万の兵の貧民街行き。
これらの事件の後の彼女との約束が重要だった。
大きくなったお腹を撫でながら、彼女は宣言した。
『この子。この子には選ばせます。この国で、王となるのか。それとも、誰かと婚姻するのか。自分の意志で、自分の道を決めさせます。良いですか。エクセルス王。約束です。この子には、選択できる。自由の翼をください』
これだった。彼女がした約束は二つ。
その二つ目の約束を王が破ったのだ。
それは、ルドミラの道を、自分で決めさせなかった事だ。
勝手に婚約者を作り、勝手に結婚させようとしたのが、彼女の逆鱗に触れたのだ。
それはまずい行為だった。
◇
「かあああああああ」
王は突然絶叫した。
自分がしでかした事の大きさを知ったのだ。
「しまった。これだ。なぜ忘れていた!? これはまずいぞ」
「「「「??」」」」
ルドミラもクラウスも、王の隣にいるグリンも、王の慌てる声に動揺した。
「ふぅ。謝るべきだ。これは、誠心誠意。謝るべきだ。ルドミラ。婚姻を取り消す」
「え? わ、私のですか」
「うむ。急遽だが、不測の事態に陥ったから、辞めるとする。それを伝えよう。グリン。ロベルホーンを呼べ」
「お、王?」
それを伝えるために呼び出すのですか。
そういう顔をしたので、王は釘を刺す。
「お前も不満があるだろうが。ここは仕方ないのだ。ここで、辞めねば、エルが生涯私を許さんことになる」
「ですが、ロベルホーン家は大貴族ですぞ。不評を買う羽目に」
「いい。ロベルホーンも重要だ。だが、それ以上に」
エルヴィラが重要だ。
王にとっての癒しは、王妃ではなく、側室のエルヴィラなのだ。
彼女がそばにいなくては、王としていられないと思っている。
「グリン。呼べ。いいな」
「わかりました」
グリンが移動すると、王は娘に指示を出す。
「リューダ。今日は帰りなさい。それと、大人しくしていた方がいいかもしれない」
「は、はい」
最後に王は、クラウスにも声を掛ける。
「クラウス」
「はい」
「助かった。お前のおかげで、思い出せた」
「はい。お役に立てて光栄です」
「本当に助かった。ありがとう」
「いえ」
「感謝するぞ。ここからは、自分で頑張らねばな」
真っ直ぐに王を見つめるクラウスは、このエクセルスに、歴代最強足る器を見た。
一般の出の人物にも素直に感謝できる王は、そうそういないのだ。
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