第8話 悪女のメイド長 ファラ
聖王歴427年冬の節3日。
季節は移ろい、実りある秋から、冬となる。
作物も育たぬ寒さを迎えるのに、こちらもまた寒さを耐えるしかなかった。
エクセルスが離宮を訪問し続けて10日。
今日もまた城を訪問するわけだが、入り口で止められて、メイドと話すことになる。
浅黒い肌が灰色の季節に似合う女性は、主と同じくらいの冷静さであった。
「今日はいるか」
「おります」
「会うのは無理か」
「はい」
「どうしてもか」
「はい」
「なぜだ」
「わかりません」
「お前でもか。メイド長のお前でも、わからないのか」
「はい」
「会えないのか」
「そのようです」
全ての会話の返しが異様に速い。
返事側のファラは、後手に回っているはずなのに、先手を取っているようだった。
「一目でもいい。無理か」
「はい」
「ちょっとでいいんだ。顔を見せてほしいだけだ」
「無理でしょう」
「あそこからでもいい。顔を見せて欲しい」
王は、正面の脇にある窓を指差した。
「外が寒いので、顔を出すのは無理でしょう」
今、王がその寒い外にいるわけだが・・・。
口答えしたいエクセルスは、我慢した。
「・・・じゃあ、裏でもいい。裏から私を入れてくれ」
「王が離宮に来るのに、裏から入るのですか・・・王、間男なんですか?」
王に女がいてもいいだろう。王なのだから。
だが、確かに裏からいくのは恥ずかしい。反論が出来なかった。
「そ。それは・・・」
「王!」
「な、なんだ」
「何故怒られたのですか」
それを聞かれると、答えられない。
エクセルスもそこをずっと悩んでいる。
「わ、わからんのだ。どうしたらいい。ファラ」
メイドにそれを聞くのもどうなのだろうか。
ファラの目は冷たい。
「私も、エルヴィラ様が怒っている理由を知りませんので、お答えできません」
「なに、お前にも話したりしていないのか」
「はい。私の目線からお話してもよろしいでしょうか」
「よいぞ。参考になるかも知れん」
「はい。では、私からの目線からだと。なんだか最近王様が来ていませんね。もしくはですね。あれ、エルヴィラ様がそちらに行きませんね。くらいにしか思っていませんでした。これは、たまたまの出来事なのかという目線でした」
「な!?」
最も信頼しているメイドにも、何も話していないとは。
これはよほど怒っているのではないかと、王は内心焦っていた。
「だから、私としては、ごく最近に、エルヴィラ様がお怒りになられていると気付いた次第です」
「なんだと。か、隠すくらいに怒っているということか」
「それは分かりませんが、今のエルヴィラ様は隠す状態と言えるのでしょうか。私が思うには、隠したいというよりも、普段通りでありまして。そうですね。素振りを見せていない感じに思えます」
「そ。そうか」
それの方が、なおさら怖い。
普段から、怒っているようにしていないで、怒っているとの事だろう。
真の怒りに感じる。
「ですが、私も触れにくいので、王様・・・」
「なんだファラ」
「私が動くのは無理ですよ。私を使って、エルヴィラ様の様子を探ると・・・」
「探るとどうなるのだ」
「一生修復は不可能かと、ルドミラ様を使っても駄目でしょう。王様自身で解決せねば、この事態は悪化すると思います」
王にとってのトドメの正論を吐いてきた。ここでの正論は、真冬に突入する今の状況に近い。
「ぐっ・・・そ、その通りだ。ファラ・・・正論だ」
王は、血を吐きたいくらいのダメージを受けた。
「頑張ってください。私は命令通りにここで、王を拒否する動きを取るしかありません」
その言葉を平然と王の前で言えるのも、ファラが凄まじいメイドであることが分かる。
王に負けじと会話ができるメイドなど、この国にはいない。
もはや、唯一のメイドである。
「うむ。出直そう。今日の怒りが、明日も続くとは・・・限るか」
頑固だからな。エルヴィラは・・・。
王は黄昏た。
「はい。そうした方が良いかと、王様。これは明日も続くかと、しばらくは雪ではないでしょうか・・・そろそろ降りそうですよ」
ファラも王と同じ空を見上げた。
彼女の言っている事が、あの曇天の空と今のあなたは同じですよとの事だろう。
肩を落として、王は居城に帰っていった。
◇
仕事も極力減らして、王とも会わないエルヴィラが、どのようにして王と会わないかというと 簡単な仕事をファラに任せていたからだ。
彼女が外のお仕事をしてくれれば、自分は離宮にずっといてもいいわけだ。
本城リンドー城にて、ファラは一通りの書類に印を押していた。
周りには、内政官たちがいる。
「ファラ殿。こちらも」
「はい。こちらですね」
簡略的な書類であっても必ず目を通す。
「あの。普段の予算はいいのですが、こちらが合っていません。足りませんよ」
「え? どこでしょうか」
ファラが、予算の一部を変更して欲しいと、数字に指を差した。
「これです。この三倍の額が本来の予算でしょう。こちらの金額を減らすとはどういうことですか。王が満足しないことになりますよ」
「いや、しかし。これは、王の接待費ですよ」
「そうです」
側室、正室には離宮がある。
王をもてなすために巨額の予算が割かれる。
だが、今のエルヴィラは王をもてなしていない。
だからこその減額の判断を内政官たちがしたのだ。
「ですから、エルヴィラ様は、現在。王を離宮に呼んでいないのでしょう?」
「はい。呼んではいません」
「では減らしてもよろしいのでは」
「駄目です」
「実際に呼んでいないのです。そちらがそれを言うのは無しでしょう」
「呼んではおりません。ですが王は来ています!」
「え?」
「毎日のようにこちらに王が来ているのです。接待費を減らされるのは心外です」
ただし、門前払いですけどね。
と言い忘れているファラである。
でも事実、王は訪問しているので、接待をしているのに変わりないのだ。(ファラが)
「な!?」
「ですから、こちらは王を接待していますので、減らすという事は、王が満足せずに居城に帰るという事になります」
そもそも王は会えていないので、満足するはずがない。
それを堂々と言えるファラの神経が図太い。
「・・・それは・・・たしかに」
「あなたでは、この問題の判断は出来ないでしょう。一度減らす決定をして、それを覆すのには、権力は上位でなければ・・・なので上の者にこの事をお伝えしてください。ご自身が勝手に判断して、それがもし王様の耳にまで入ったりしたら・・・ねえ・・・ええ・・・それは・・・」
とここで話が打ち切られた。
今のが脅しであることは、周りの人間たちだって気付く。
しかし、正論でもあるので、反論が出来ない。
相対した内政官は、渋々の承諾をする。
「わかりました。再度お呼びしますので、今日はお帰りになられて」
「はい。連絡をお待ちしております」
と言って颯爽と帰るのが、ファラ。
余計な事をしない。余計な事を言わない。常に正論で相手を押し殺す。
悪女のメイド長と呼ばれるファラは、王宮内でも有名だ。
どこから現れたのか。
彼女の出自も謎で、突然エルヴィラのメイド長になった経緯がある。
浅黒い肌を持つ特徴など、この国では滅多にいない。
大陸の西の出身じゃないかと噂されていた。
なので、彼女もまた傾国の美女と同じくらいに、この国で警戒されたのだ。
謎が多い。
この部分のおかげで、エルヴィラの悪女としての強さの中に、不気味さが加わることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます