真面目で硬派な年下DK×天然無自覚な年上受け
ハル
本編
「大翔〜お願いだって〜」
「女子とカラオケ行くくらいなら受験勉強しろって」
「お前だってこれから恋人に会うくせに…」
スクールバックの中身を確認して席を立つ。俺が折れるまで粘るつもりなのか、「一生のお願い!」なんて軽々しく頭を下げる友人に「無理なものは無理」と吐き捨てて教室を出た。
数合わせだけだから、お前がいると女子も喜ぶから、なんて何度も食い下がられたけれど、あいにく俺には最愛の恋人がいる。何年も追いかけ続けてやっと手に入れた人なのだ。自分から手放すような真似は絶対にしたくない。
「…あ」
廊下を歩いていると、ふと校門に車が停まっているのが見えた。周りの生徒の目を気にしてなのかおどおどとしながら縮こまっているのが遠目でもわかり、思わずにやけてしまう。少しゆっくり歩いてみようかな、なんていたずら心が湧いたが、どうしても早く会いたい気持ちが勝ってしまい結局少し早歩きで向かった。
今日は、2週間母国へ帰省していた恋人が帰ってくる日。
指折り数えて待ち望んでいたその日だ。
「ノアくん!」
「ヒロト、ひさしぶり…」
「16日ぶり!会いたかった!」
真っ赤にした顔を肩にうずめて「じゅうろくにち…うん…あいたかった…」とか細い声で囁くノアくんに、もっと愛情が伝わるようにとつよく抱きしめてみる。
「ぅむ、ひろと…」
「あっ、ごめん!痛かった…?」
「ん、もっとぎゅーしたい…けど、…ここ、がっこのまえ、だから…」
背中を優しくぽんぽんとたたくノアくんから体を離して、ボサボサになってしまったノアくんの髪の毛を整えた。毛流れを整えられてしっかり足並み揃えてふんわりとした形をキープしているそれは、相変わらず綺麗なレッドブラウンだ。ついでにほっぺをきゅっとつねると、ノアくんは身長も高く体格もしっかりしているその体を小動物みたいに縮こませて目をギュッと閉じる。その姿がもう本当に可愛くて、顔のにやけが隠せない。
「きょうは、ノアのいえ…?」
「うん。父さんにはノアくんの家に泊まるって言ってあるよ」
「よかっ…た。プレゼント、いっぱい…あるからね。…ごはん、は…なにか、デリバリーする?つくりにきて、もらってもいいけど…」
俺の口を見ながら一語一句はっきりと発音するのすら可愛い。出張中毎日メールのやりとりはしていたけど、電話は明日帰るよと伝えてくれた日、一度しかできなかった(当然だ。向こうの国とこの国では時差があるんだから)。俺の話を聞きながら口の動きを真似したり、丁寧にはっきり発音しようとしたり、そんな可愛らしい姿、メールじゃ見られない。そう噛みしめるように思えば、愛しさが倍増してまたぎゅっとつよく抱きしめた。
「あっ、でんしゃで…かえる?くるまだと…おはなしいっぱい、できないし…き、きかれる…きかれちゃう、から」
「…聞かれたくない話、したいの?」
「ちっ、ちぁ、ちがくて!」
顔を真っ赤にして胸元をとんとん叩いてくる姿に、「学校の前でえっちなこと話すなんていけないんだ〜」とからかってみる。
涙目で首を振り否定するノアくんは、「ヒロトのばか、」と少しすねたように頬を膨らませてから、ぼさぼさになった髪の毛を手ぐしで整えて車のドアを開く。運転席と助手席には見慣れた男性がいて、「先に荷物を置きに行くので、遅くならないように帰ってくださいね」と声をかけられた。二人はノアくんのお父さんが雇っているボディーガードの方で、ノアくんとの交際当初は会えば腹痛がするほど怖くてたまらなかった。今はそんな印象もどこへやら。すっかり応援されてしまっているけれど。
「て、つなごう」
「…うん」
ボーっとしたまま歩いていた俺に、ノアくんはその真っ白い手を差し出す。スマートにエスコートされるのはうれしいけれどやっぱり悔しくて、複雑な気持ちで少し口をとがらせた。それを「かわいい」と笑われてしまい、いっそうモヤモヤが広がっていく。ただでさえ物理的にもノアくんは大人だから、たまにこうやって俺を年下扱いしてくるのだ。
…俺は、可愛いよりかっこいいって思われたいのに。
「お母さん元気だった?」
自分の気持ちをごまかすように話題をすり替えて、駅への帰宅路を歩く生徒たちを避けて少しだけ遠回りの裏道へ入っていく。今日は話したいことも聞きたいことも山積みにあった。
受験生、最後の夏を目前にした試験の準備期間。…だったのに、突然ノアくんに「ちょっと、くににかえります」と次の日の朝日本を発つ電子チケットを見せられてしまえば俺はそのことしか考えられなくて、勉強も何も手をつけられなかった。
「うん、ママンといっしょにディナー、たべにいった。ほら、しゃしん、おくったところ…ラムのおにくの」
「あー!あの高そーなやつ!」
「メニューにおかね、かいてなかった…」
顔を見合わせて笑いあうと、ノアくんは愛おしそうに目を細めて手をぎゅっと握ってくる。その目線も口角も、仕草でさえも可愛くてたまらなくて、にやける口元を隠せない。
「ヒロトは、どうだった…?べんきょ、みて、あげられなかったけど…ちゃんと、してた?」
「あー…うん」
歯切れの悪い俺の返事に、俺のことならなんでも知っているノアくんがそれは嘘だと気が付かないはずがない。ちらりと彼の方を見ると、ノアくんは呆れたように大人っぽく笑って、あやすように俺の手へにぎにぎと力を込めた。
「かえったら、べんきょうしようね」
「…ノアくんこそ日本語の勉強してるの」
「……ノアはさいきん、イングリッシュをべんきょうしています。にほんごは、できるから」
「ノアくんもサボってるじゃん」
「さぼりません」
「“サボってません”」
「さぼてません」
「…ふっ」
「…なんでわらうの」
赤信号で立ち止まり、緩々になってしまった口元を隠しながら肩を震わせる。ノアくんと話していると、いつも“伝わらないもどかしさ”と“伝わってこない愛しさ”が両方襲ってくるんだ。
「ははっ、…あー、ダメだ」
「だめ?」
「…可愛すぎて、ダメ」
周囲に人がいないのをいい事に、人目をはばからずその身体を抱きしめてその唇にそっと、触れるだけのキスをする。小さな頃はあんなに大きく感じたこの体も、成長期を迎えた今ではすっかり俺のほうが大きくなっている。ノアくんは決して身長が低いわけではないけれど、細身でスラッとしているから抱きしめるとなんだか不安になる。あまり強く抱きしめると痛いかな、なんて、まるで壊れ物に触れているみたいに。…ノアくんはそういう扱いをされるのが嫌いなので、それは自分の胸の中にだけ留めて、奥深くに押し込めておいた。
「早く帰ろう。もっとハグしたいから。…ハグ以上の事も」
「ハグ、い、いじょ…?……うん、ノアも、はやくかえりたい」
「…ノアくん、本当に日本語勉強しないとまずくない?」
ーーー
「先にお風呂ありがとう」
「うん。ノアはあさハなのでだいじょうぶ、です」
「ははw朝派なんてどこで覚えてきたのw」
髪を乾かしたばかりでふわふわと浮き上がるそれを押さえつけるように撫でつけながら、ノアくんの丸い後頭部を見つめつつ彼の隣に腰を下ろす。彼の魅力の一つであるその後頭部は、幼い頃綺麗な球になるまで丸め続けたあの泥団子よりもまん丸で、レッドブラウンの髪の毛は必死に磨き上げて生み出したあの艶以上の輝きを放っていた。同じ人間なのに、生まれた国が違うだけでこんなにも見た目が変わるものなのか、なんていつも新鮮に驚いてしまう。…もし、もしもノアくんと俺の間に子供ができたら…そんな夢が、叶ったとしたら。一体どっちの髪色で生まれてくるんだろう。…なんて。
「ヒロト」
「うぇ、あ、ごめん。聞いてなかった」
「もう、ヒロト、……んと、えっと…わ、わかんない、ケド…あれ、ふわふわ、ふわふわしてた」
「ふわふわ?…あ、ボーっとしてるとか?だよな。ごめんごめん。また空想にふけってた」
「く…う、?わ、わからないコトバ、つかわないよ!」
「あは、うんうん。使わない。ごめん」
「…ごめん、じゃないよ」
すっかり拗ねてしまったノアくんに、許しを請うように…甘えるように、その手を握ってみる。ノアくんはすぐにふいっと顔をそらしてしまったけれど、その小さな耳は真っ赤に染まっていて、言葉よりも多くを語っていた。
「プレゼント、いっぱいあるよ。あと、あと…?あとになったら、あけようね」
「うん。後で、開けよう」
「さ、さいしょ…ごはん、たべようね。デリバリー、おねがいしたんだ。あたたかいから、はやくたべようね」
「うん。これ、駅前のイタリアンの店?美味そう」
「ピッツァとパスタは、まぁまぁおいしいよね。まぁまぁね。イタリアンにしてはね。まぁまぁだけどね」
「…ノアくんイタリアンに厳しいよね。ノアくんっていうか、ルイさんも。ノアくんの国の人ってあんまりイタリアン食べないの?」
ルイさん、というのはノアくんのお兄さんだ。ノアくんは三人兄弟の末っ子で、長男のルイさんは日本でヴィジュアル系バンドにどハマりし、現在は自分でメンバーを集め、バンドのボーカルをしている。ノアくんより何倍も日本語が上手で、ノアくんに変な日本語ばかり教えているのが俺は許せない。
「じぶんのくにがおいしいのに、わざわざたべないよ」
真剣な声色でそう答えたノアくんは、チーズを伸ばしていたピザを空中でピタリと止めてそう答える。あまりにも“当たり前の事ですが何か?”といった真っ直ぐな瞳に、つい目線を逸らして「そうですね…」とぼやいた。
…ノアくん、たまに怖いんだよな…。特に母国の誇りをかけた話になると。(少し前に世界史の試験でミスをした時も、“Liberté, Égalité, Fraternité.じょうしきだよ”ととんでもなく怖い目で言われてしまった。あれは本当にトラウマで、たまに夢に出てくる。)
その空気のあまりの重さに居た堪れなくなった俺は、カプレーゼのミニトマトにフォークを刺すのに失敗しながら手探りで話題を探した。
「あー…っと、…そういえば、何で帰ったの?」
「かえった?くにに?」
「そう。突然“国に帰ります”なんて言われたから、俺…その、何かしちゃったのかなーって、…気まずいのかな…って、心配…してたんだケド、」
ちらちらと横目で彼を見ながらそう尋ねる。ノアくんは垂れたチーズをフォークで器用に乗せ直したピザを静かに咀嚼しながら、俺が話した歯切れの悪い言葉たちを集めるように視線を上へ向けた。瞬きが多くなって、口が少しだけ動く。…ノアくんが、俺の言葉を理解しようとしてくれている。俺はこの瞬間が大好きなんだ。
「…あー、エット、かえったのは…ちがう」
「ちがう?」
「そう。…ベーカリー」
「ベーカリー?……え?」
「…ニューオープンした、ベーカリー…。オープンしたから、だから、そこにいくから…」
「そ、それだけ?」
「それだけ、じゃないよ!ママンのコレクションの、モデルと…むこうのホテルに、ごあいさつと…いっぱい、してきたよ!ラムのおにくも、たべたし!」
「……はー、よかった…」
思わず、うなだれてそう呟く。長く深いため息をつくと、ノアくんはそっと俺の背中を撫でながら「なかないで…」と囁いた。…いや、泣いてないよ。
「…ノアくん」
「うん?」
「……だいすき」
今度帰る時は教えて。とか…
…俺も連れてって、とか。
言いたいことはいっぱいあるのに、そのどれも言葉にはならなかった。少し顔を上げて見上げたノアくんは、あの頃の俺が恋に落ちた“お兄さん”の表情をしている。…いつだって俺は、ノアくんには敵わないし、いつまでたっても俺は、ノアくんには追いつけない。9000kmを超える距離よりも、8時間の時差よりも、うんと長くて遠く感じる、7歳の年齢差。…大人っぽく見せたいのに、背伸びをしたとしてもノアくんをリードすることはできない。…ノアくんは、すごくずるい。
「ノアくん」
「うん」
「…ノアくん」
「うん?なあに、ヒロト」
「俺の名前、もっと呼んで」
「…ヒロト、かわいいね」
ゆっくりと頭を撫でられて、その流れで前髪を払われ、そこにキスをされる。あまりに自然なその流れに、俺はうんともすんとも言えないまま顔を熱くさせてノアくんを見つめた。
「…ず、ずるい!」
「ふふん。ヒロト、かわいい」
「ーッ!」
効果音を付けるなら“ふにゃり”が一番よく似合う柔らかく溶けたような笑顔を見せられてしまえば、俺はもうダメだった。背もたれがわりにしていたソファにノアくんの両手を押しつけて、その指先をゆっくりと、なるべく自然に絡ませていく。ノアくんの喉仏が動いたのがわかって、嬉しくて調子に乗ってしまいそうだった。
「ヒロト、おべんきょう」
ノアくんはこんないい雰囲気になってもそんな事を言う。いいでしょ、もう…勉強とか。ノアくんだって顔どころかおでこや耳、首筋まで真っ赤にさせているのに、そんな事を言われたって盛り上がる為の燃料にしかならない。…そう、わかってるくせに。
「…ヒロト」
「ノアくん、いいでしょ?今日は…最後まで…」
「べんきょう!!!」
「わっ!!」
耳をつんざいた大声に、咄嗟に掴んでいた両手を離して自分の耳を塞ぐ。ちゃんとあるか…?聞こえるか…?と触って確かめながら、恐る恐るノアくんを見上げた。いつの間にか立ち上がっていたノアくんは、「だいがくにおちるよ!」と言いながら勝手知ったる様子で俺のスクールバッグを開き、そこから参考書やノートを取り出す。ぷりぷり怒って見えたけれど、ちらりと見え隠れするその耳の色は正直で、思わず溢れた笑みを飲み込んだ。
「…わかった。するよ、勉強」
「ノアも、イングリッシュを…」
「ノアくんは日本語だよ」
「に、にほんごは、むずかしい…」
「は〜い、先にご飯食べてからね〜」
「あっ!ノアのピッツァ!」
「あは、好きなんじゃん、イタリアン」
「!?ち、ちがうよ!このピッツァだけだよ!」
ねぇ、ノアくん。
俺、頑張って勉強してちゃんと大学に行くし、
もっと努力してかっこいい男になるし、
日本語が難しいって言うなら、俺がノアくんの国の言葉を勉強するよ。
だから…。
『“ここにいてください。あなたはとても温かい”』
『…喋れないの?』
『しゃべ…しゃべる…むずかしい。ノア、にほんご、むずかしい…まだ、…はなすこと、できない…』
『さ、さっき喋ってたのは何語!?』
『?…えっと、えっと、』
『あっ、じゃあそのスマホに俺も喋る!それでお話しよっ、ノアくん!』
『…ヒロトは、あたたかい、ね』
『うんっ、もっとぎゅーしていいよっ』
『うん、ぎゅー…ヒロトと、もっとぎゅー、します…』
ずっとずっと、側にいてね。
真面目で硬派な年下DK×天然無自覚な年上受け ハル @Rukanan
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