​第十一話 王への反逆

 ​世界を白く染め上げていた光が、ゆっくりと収まっていく。


 都に響き渡っていた、無慈悲なカウントダウンは、完全に沈黙していた。サーバータワーの頂上で、赤黒く明滅していた暴走の光も、今はもうない。『エンプレス』の脅威は、去ったのだ。


 安堵の息が、生き残った者たちの間から、漏れる。

 しかし、その安堵は、すぐに、重い沈黙へと変わった。


​「……酒呑童子は……?」


 ​誰かが、そう呟いた。


 AIのコアへと突入した、鬼の王の姿は、どこにもなかった。その強大すぎる妖気の気配さえも、この都から、完全に消え失せている。


 誰もが理解した。彼がその身を犠牲にして、この都を世界を救ったのだと。あまりにもあっけない英雄の最期だった。


 ​玉座から、桜子が、静かに立ち上がった。その黄金の瞳は、酒呑童子が消えたタワーの頂上を、静かに見つめている。


「第三回戦、これにて終結とします」


 その声は、いつもと同じ、神々しい響きを持っていたが、どこか、ほんの少しだけ、震えているようにも聞こえた。


「『エンプレス』の脅威は去りました。よって、この戦い、生き残った者全ての勝利とします」


 ​誰もが疲弊しきり、偉大なる戦友の喪失に心が沈んでいた、まさにその瞬間を。日本の妖怪の総大将は待っていた。


​「——お待ちくだされ、大御所様」


 ​静かだが、有無を言わせぬ声。

 気づけば、ぬらりひょんが玉座の前に立っていた。そして、彼の背後には、数多の妖怪や神々までもが、黒い壁のように、ずらりと並び立っている。


​「ぬらりひょん……貴様、何を……」


 大天狗が警戒の声を上げる。


 ​ぬらりひょんは、その言葉を無視し、王のやり方を公然と批判し始めた。


「あなたのやり方は、あまりに危険で、理想に過ぎませぬ。現に、この度の戦いで我々は、酒呑童子というあまりに大きな力を失いました。我らはこれ以上、あなたの気まぐれな『遊戯』に付き合うわけにはいかぬのです」


 ​彼の背後には、変化を恐れる日本の古参妖怪たち、王に敗れた世界の神々、そして、AIという、自らの理解を超えた存在による支配を何よりも嫌悪していた者たちが、一大勢力となって集結していた。彼らは、王の進歩的なやり方についていけなかったのだ。


 ​ぬらりひょんは王に、退位を要求する。 


「その玉座を我々に明け渡していただきたい。さすれば、我らが、確かなる『秩序』の元、この都を、いや、全ての妖怪の未来を安泰に導いてみせましょうぞ」


 ​それは、紛れもない反逆の狼煙だった。彼らの裏切りに、王の側に立つ者たちが、次々と前に出る。


​「恥を知れ、ぬらりひょん! 王が、そして、あの鬼が命を懸けて守ったこの都を、火事場泥棒のように奪うというか!」


 大天狗が怒りに震える。彼の隣には、アヌビスも静かに杖を構えて立っていた。


「我らは、王が示す新たな秩序の可能性を信じる」


​「やれやれ。退屈なジジイの独裁国家なんざ、ごめんこうむるね」


 ロキが肩をすくめる。その隣で、玉藻前も扇子を広げて言う。


「せっかく面白い世の中になりそうですのに、水を差すのは無粋というものですわ」


「旧世代のジジイのOSは、もう古いんだよ!」


 ポリィもまた、王を支持し、ぬらりひょんへと敵意のデータを向けていた。


 ​王は、その光景を、ただ静かに見つめていた。そして、ぬらりひょんに問う。


「ぬらりひょん。あなたもまた、私と同じ。ただ、自らの『物語』を世界に示したいだけなのですね」


​「いかにも」


 その言葉と共にぬらりひょんは初めて、総大将としての──その底知れぬ、暗く深い妖気を、完全に解放した。それは、都の全ての妖怪を、その血筋だけで支配下に置く、絶対的な「畏れ」の妖気。


「これより、最後の宴といこうではありませぬか……? この都の、真の王を決めるための——【百鬼夜行】を!」


 ​ぬらりひょんの宣言を合図に、彼が率いる「旧秩序連合」が、一斉に王とその支持者たちへと襲いかかる。


「うおおおおおっ!」


「王に続け!」


 都は、再び戦場と化した。しかし、今度の戦いは、これまでとは違う。昨日までの戦友同士が、それぞれの信じる「未来」のために刃を交える、最も悲しい内乱だった。


 ​王の黄金の瞳に初めて、深い悲しみの色が浮かんだ。彼女が望んだのは、こんな結末ではなかったはずだ。


 ​激しい内乱の最中。

 全ての戦いの中心、かつてサーバータワーがあった場所で、空間が歪み、凄まじいエネルギーと共に最大の爆発が起こった。


 ​そこに立っていたのは、その身を犠牲にしたはずの鬼の王。ボロボロになりながらも、その瞳には、今までとは比較にならないほどの、底知れない怒りの炎を宿した酒呑童子だった。


 彼は、AIのコア内部でポリィが発見した「桜御前の大呪術」の、全ての真実を垣間見ていた。


 ​その怒りの矛先は、王でも、ぬらりひょんでもなく。全く別の、この場にいる誰もが予想だにしなかった、「敵」へと真っ直ぐに向けられていた。

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