神々に拾われ最強になったが、人間界じゃただの厄介者だった件
百架
第1話 神々に拾われた男
終電の車内で意識を失ったのが、最後の記憶だった。
スーツの襟元は汗と埃で重く、ノートPCは肩に食い込み、メッセージアプリには「至急」「今夜中」「よろしく」の文字が並んでいた。
──結果を出せ。
──納期を守れ。
──体調管理も仕事のうちだろ?
すべての責任が自分に押しつけられ、声を上げる気力すら失われた。
やがて志紀レンは、咳き込むようにしてそのまま倒れ、誰にも知られず、駅のホームで静かに息を引き取った。
「ようこそ。ここは神界だ」
次に目を開けたとき、レンは白く霞んだ広間の中央にいた。
床は光を帯びた大理石。空は天井のはずなのに、遥か上に星々が瞬いていた。
目の前に立つのは、老人のような青年のような――年齢不詳の男。白銀の衣に身を包み、後光のような環が頭上に浮かんでいる。
「……成仏し損ねたか?」
「違う。君を拾った。我々、神によってね」
その瞬間、周囲に光の柱が立ち並ぶ。
光の中から、何者かが姿を現す。
巨躯の男は赤銅の鎧を纏い、背には巨大な大剣。雷のような気配を放ち、見るだけで背筋が凍る。
ローブを纏った老爺は、無数の浮遊する本を従え、瞳には星のような知識が宿っている。
微笑を浮かべる女性は、眩い花の香りとともに現れ、見た者の心を優しく撫でるような気配を纏っていた。
白銀の装束を着た青年は無言のまま立ち、彼の足元では空間そのものが寸分違わず均整を保っていた。
どれも人の姿をしていながら、人とは異なる“何か”だった。
志紀レンは直感する。
――これが、「神々」なのだと。
「過労死、か。なるほど……人間界でも、ここまで魂を削る者がいるとはな」
「あれほどの激務に晒されながら、一度も逃げず、投げ出しもせず……我らの目にも見事だった」
「信仰なき時代に、義務のために命を賭す。そういう“狂気”――いや、“忠誠”にも似た精神を持つ者は、今や神界にも希少だ」
「我々にとっては、試す価値のある魂だよ。どうだ、千年ほどかけて鍛えてみよう」
「武、智、秩序、愛――我らの全てを叩き込み、それでも折れぬなら……唯一神の器として、継がせても面白い」
それが、志紀レンの“第二の人生”の始まりだった。
時間の概念は失われ、日も夜もないまま、ひたすらに研鑽の日々が続いた。
剣を振るえば雷鳴が轟き、ひと振りで山が割れた。
学問を学べば宇宙理論と魂構造を理解し、次元言語を使って会話ができた。
神具の運用、創造の理、支配と慈悲の両立。
レンは「神に最も近い存在」として育てられ、そしてその日を迎える。
──唯一神の継承式。
「お前はよくやった。今ここに、神々の力を統べる“継承者”として迎えよう」
広大な神殿の中央。儀式台に立つレンの身体を、七色の光が包む。
神々の力が注がれ、世界の理が彼の内に流れ込むのがわかる。
「これで終わりか。あとは……神界で、のんびり暮らせたらいいな」
そのときだった。
バチッ。
足元の術式が、一瞬だけ不自然に震えた。
ほんの小さなノイズ。だが、神の儀式に“誤差”などあってはならない。
「……ん? 今、なにか──」
言い終える前に、視界が裏返る。
「ま、待て、何が……!」
空間が砕けるような音とともに、足元が崩れ、身体が落ちていく。
真下には神界でも見たことのない、青く濁った空。草原。風。鳥の声。大地。
気がつけば、森の中だった。
レンはうつ伏せのまま、土の匂いを吸い込んでいた。
「……ぐっ、いて……」
久しぶりに感じる“痛み”に、彼は目を見開く。
「これ、まさか……地上?」
慌てて懐から通信宝珠を取り出す。神界と交信するための、唯一の道具。
「起動。緊急プロトコル。継承者コードで──……通じない?」
通信は沈黙したまま反応せず、ただ冷たく光を失っていた。
神に拾われ、神に育てられ、最強となった男は、
再び地上に落とされ、連絡も取れず、ただの迷子になっていた。
「……神々ぃぃぃ……ッ!!!」
志紀レン、地上復帰。予期せぬ第三の人生が、ここに始まる。
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