第3話 真の親孝行
この新たな入院患者は、
* * *
一人の60代ぐらいでラフな格好をした男性がモチさんをお見舞いに来た。その男性はモチさんの息子と名乗っていた。
「母さん、具合どう?」
「来てくれたのかい?」
長男と次男のどちらだろうかと
* * *
数時間後、天中が他の患者の回診を終え、モチさんの病室を通りがかると、先ほどの男性よりは少し年上、70代ぐらいの男性と60代ぐらいの女性が病室から出て帰って行くところだった。二人とも一目でブランド物とわかる服装だった。
天中はモチさんの状態を確認に来た。
「失礼します。モチさん、今出て行った方も息子さんたちですか?」
「そうよ、長男と長女よ。始めに一人で来ていたコが次男よ」
お見舞いに来たのがよほど嬉しかったのか、モチさんは息子たちのことを話し始めた。
「長男は地元の国立大学を出て地元の一流企業で副社長にまで上り詰め、長女は旧帝国大学を出て、全国的に有名な大企業で部長にまで上り詰めたのよ。そして、次男は高校卒業後、家の近くの小さな工場で働いていたわ。社員は社長を合わせて多い時でも5人程度だったみたい」
「それは、自慢の息子さんたちですね」
「どちらが?」
「副社長にまでなった長男と旧帝大卒の長女ですよ」
「そうね、1年前までは私も同じ考えだったわよ」
「それはどういう意味です?」
「お迎えが来る二週間後にはわかるんじゃないかしら? 今は秘密よ」
* * *
二週間が過ぎた。
この二週間で次男は10回ほど、毎回長い時間病室に留まっていた。対する長男と長女は一週間に1回のペースで、ほんの数分だけ様子見程度だった。
そして、あるとき天中は、モチさんの病室のあるフロアの休憩スペースで長男と長女の会話を聞いてしまった。
「それで、兄ちゃん、遺産は半分ずつでいいのよね?」
「ああ、次男の奴はどうせ、相続なんて何にもわかってないんだから、200万円だけ渡して俺たちで相続税も払っておくと言っておけばいいだろう。200万ならあいつにとっては大金だろうからな。
土地は、友達の不動産屋に高くさばいてもらうから、一旦は俺名義にするでいいな?」
「うん、任せる。この施設に転院したから、もうすぐだと思っていたのに、なかなかしぶといね」
「まあ、104歳だからな、言っている間に亡くなるだろう。二週間前より目に見えて弱って来てるだろ?」
天中は医者だ。家族のことに首を突っ込む気もなければ、突っ込むこともできないが、もやもやとした気持ちになった。
天中はモチさんの病室に入った。
「モチさん、体調はいかがですか?」
「よいけど、そろそろかしらね。お迎えが来てからでは遅いから答えを言おうかしらね」
「何の答えですか?」
「私の自慢の子どもはどちらかわかったかしら?」
天中はしばらく沈黙した後答えた。
「次男ですね」
「そうよ。たしかに、長男と長女は私が憧れていた高い学歴と社会的地位を築いた。でもね、私が入院する前、ヘルパーさんがいないときに、家に顔を出して食事やトイレの介助をしてくれたのは次男だけだったのよ。
今だからわかるけれど、あの子は長男と長女が大学に進学し、家計のことを心配して高卒で働いていたの。
地元の小さな工場で働いていたのも、私達、当時は夫も生きていたけれど、職場が私たちの家に近ければ何かあったときにすぐに駆け付けることができたからなのよ。あのコが働き始めた頃、私たち夫婦は60過ぎてたから。
それをあのコは自分では言わずに、黙々と私たちの面倒を見てくれていたの。
介護を受け始めてしばらくたった……、1年ぐらい前に、あのコのお嫁さんから聞いたわ。あのコの行動を思い出すとすべての辻褄が合ったの」
「そうだったんですね」
「だから、自慢の息子よ。死んだ夫が、『長男と長女ばかり見ず、次男のこともしっかり見ろ』と言っていた意味が100年も生きてやっとわかるなんてね」
天中は親が子を見誤ることがあるように、自分も父親のことを見誤っているのであろうかと、自問自答した。
モチさんが言葉を続けた。
「心残りがあるとすれば、私の遺産は次男に多めにあげたいけれど、おそらくあのコはお人好しでバカだから、長男と長女に言いくるめられちゃうでしょうね」
「そういうことでしたら……」
* * *
その後まもなくして、
モチさんが最後に願っていた「遺産は次男に多めにあげたい」という思いは、
次男には金銭欲がないようだが、それが「母親の願い」ということであれば、弁護士とともにがんばっていることだろう。
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