第6話 初めての町と商業ギルドの洗礼

『嘆きの渓谷』での遭遇から、さらに数日。馬車は順調に進み、ついに王都グランベルクの巨大な城壁が見えてきた。

圧倒的なスケールに、思わず息をのむ。

(すごい……これぞ、異世界の大都市って感じ!前世で見たビル群も霞むわ……)

石造りの堅牢な城壁は、空にそびえる山脈のようだ。高さは優に百メートルを超えるだろうか。

その上には、整然と並んだ兵士たちの姿が見える。彼らが手に持つ槍の穂先が、陽光を受けてきらめいていた。


「着いたぞ、王都グランベルクだ!」

ライオスが、興奮した声で叫んだ。

彼の顔には、疲労と達成感が混じり合っている。

シエラも、いつもは冷静な顔に、わずかな高揚感を浮かべている。彼女の鋭い瞳が、王都の隅々までを見定めようとしているかのようだ。

フィオナは、安心したように胸を撫で下ろした。その柔らかな表情には、長旅の疲れと、無事に到着した安堵が滲んでいる。

御者のガンゼルさんは、無言で手綱を握り続ける。彼の背中からは、この道を知り尽くしたベテランの風格が漂っていた。

「お疲れ様でした、ガンゼルさん」

ミオが声をかけると、ガンゼルさんは小さく頷き、静かに微笑んだ。その口元には、うっすらと髭の跡が刻まれている。


城門には、厳重な警備兵が立っている。五人ほどの兵士が、それぞれ厳つい顔で通行人を確認している。

身分証明書の提示を求められた。冒険者ギルド発行の身分証を見せる。

ミオの身分は「護衛対象の村人」ということになっていた。

(あ、やばい。私、身分証とか持ってない……)

焦ったミオに、フィオナがすかさず声をかけた。

「ミオさん、私たちが保証します。この子は、王都の商業ギルドに登録するために来たんです」

兵士は不審な目を向けた。その視線は、ミオのひ弱な体躯と、どこか場違いな雰囲気に注がれている。

ライオスは「暁の剣」の身分証を提示する。そのプレートには、駆け出しながらも幾度かの依頼をこなしてきた証である、小さな傷がいくつか刻まれていた。この旅で得たシャドウルーパーの牙などの魔物討伐の証も掲げた。牙はまだ血生臭い匂いを微かに放っている。

フィオナは、懐からアルティ村の長老が書いてくれた推薦状を取り出し、兵士に差し出した。

その推薦状には、村の長老の署名と印が確かに押されている。墨の匂いがかすかに漂った。

王都の兵士は、普段なら辺境の村からの書状など一瞥もくれない。辺境の推薦状は、王都では珍しくないが、そのほとんどは碌な効果を持たない。

だが、「奇跡の野菜」の噂は、すでに王都の兵士たちの耳にも届いていた。最近、市場に出回るようになったという、食べると疲労が回復し、力が漲るという黄金麦や虹色野菜の噂は、彼らの間でも密かに囁かれ始めていたのだ。兵士の中には、実際にそのパンを食べ、その効能に驚いた者もいる。

兵士は、一瞬推薦状に目をやる。そして、ミオを上から下まで値踏みするように見つめると、不審そうな顔を崩さぬまま、渋々といった表情で言った。

「……まあ、いいだろう。ただし、面倒を起こすなよ」

兵士は、通行を許可した。

(ふぅ、危なかった……)

ミオは、安堵の息を漏らした。この旅、本当に何が起きるか分からへんなぁ。


城門をくぐると、そこはまさに別世界だった。

石畳の道には、多くの人々が行き交う。靴の音、荷車の軋む音、人々の話し声、すべてが混じり合い、巨大な都市の鼓動が直接伝わってくるようだ。

様々な種族の姿が見える。人間だけでなく、尖った耳のエルフ、ずんぐりした体格のドワーフ、毛皮に覆われた獣人の姿もちらほら。それぞれが独自の言語で会話しているが、活気ある声が飛び交い、香辛料や焼きたてパンの匂いが混じり合うことで、奇妙な一体感を醸し出している。

高層の建物が並び、その屋根は太陽の光を反射してきらめいている。空には飛空船のような魔導具がゆったりと浮かんでいた。まるで絵本の中から飛び出してきたような、色彩豊かな街並み。


「すごい……!これぞ、大都市!」

ミオは、目を輝かせながら周囲を見回す。その瞳には、子供らしい純粋な好奇心が宿っていた。

(やばい、テンション上がる!早よ工房作って、この街に引きこもりたいわ!)

やけど、その一方で、人の多さと、そこから発せられる喧騒に、ほんの少しだけ圧倒される感覚があった。

(……こんなに人おったら、やっぱり落ち着かへんなぁ。早よ自分だけの静かな場所が欲しいわぁ……)

ミオは、無意識のうちに、袖をぎゅっと握りしめていた。その手は、汗で少し湿っている。

そんなミオの様子を、フィオナは静かに見守っていた。彼女の表情には、ミオへの深い心配と、静かな決意が浮かんでいる。

(ミオさん、ほんまに一人でやっていけるんかなぁ……。この王都は、辺境の村とは全然違う。優しさだけじゃ生きていけない場所やから……。うちが、傍におったげなあかんわ)

フィオナの優しい視線が、ミオの背中に向けられる。


ライオスたちが冒険者ギルドへ向かう間、ミオは商業ギルドへ足を運んだ。

商業ギルドは、王都の中心部にそびえる、巨大な石造りの建物やった。まるで、巨大な商人の城のようだ。

重厚な扉を開けて中に入る。分厚い木の扉は、ギィ、と低い音を立てて開いた。広々としたロビーに多くの商人が行き交っていた。

きらびやかな衣装をまとった商人たちが、高価な魔石や珍しい素材を品定めしている。その顔には、成功者の自信と、獲物を狙うかのような貪欲さが浮かんでいる。

辺境のギルドとは、まるで空気の密度が違う。ここは、まさしく金の匂いが充満する場所だった。


「あの、新規の登録をしたいんですけど…」

受付の女性に声をかけると、彼女は面倒くさそうに顔を上げた。

彼女の眉間には、深い皺が刻まれている。肌は荒れ、目の下には隈ができていた。徹夜続きの社畜のようや。

「新規登録?ああ、アルティ村の紹介状ね。珍しいわね、辺境の村からわざわざ」

彼女は、まるでゴミを見るかのような目でミオを見た。その声には、明らかな嘲りが含まれている。

「生産ギルドへの登録希望かしら?王都の生産ギルドは厳しいわよ。年に数件しか合格者が出ない難関よ。特に、あなたのような子供が、何のコネもなく登録できるとでも?私なんて、叩き上げでここまで来るのに何年かかったと思ってるのよ……」

彼女は、ミオのひ弱な外見を見て、嘲笑うかのように言った。その声の裏には、自分自身の苦労を棚に上げたような、やっかみが透けて見えた。

(ウェブ小説でよく見る、嫌味な受付嬢やなぁ……。あ、でも、肌荒れと隈はリアルやな。前世の私を見ているようだわ……)


「失礼だが、君のような子供が、この王都で生産者としてやっていけると思っているのかね?」

突然、横から低い声が響いた。

見ると、恰幅の良い、いかにも商人といった風体の男が、不機嫌そうな顔で立っていた。

この男が、老舗商会「ゴールドアクス」の代表、バルトロや。

彼こそが、王都の商業ギルドにおいて、幹部会の投票権を持つほどの大きな権力者や。彼の一言で、王都の市場の動向が変わると言われている。

「生産ギルドは、技術と実績が全てだ。辺境の奇跡だか何だか知らないが、王都はそんな甘い場所ではない」

バルトロは、鼻で笑う。その笑みには、ミオの能力など取るに足らない、といった侮蔑の感情が込められている。

その隣には、彼にへつらうようにして立つ、何人かの小太りな商人たちがいた。彼らもまた、ミオを好奇の目で見ていた。


「まあ、うちは、最高の品を作れる自信はありますけど」

ミオは、冷静に答えた。

(こういう典型的な嫌味な商人、ウェブ小説にいっぱい出てくるんやなぁ……。よっしゃ、ここはテンプレ通り、実力を見せつけるターンやな!ここでサクッと、王都の常識をひっくり返してやるで!)

バルトロは、ミオの言葉にさらに苛立ったようだ。彼の顔が、一瞬赤くなった。

「ほう、言うじゃないか。だが、腕前を見せてもらわなければ、信用などできんぞ」


「承知いたしました。ほな、今ここで、お見せしましょうか?」

ミオは、ニヤリと笑った。

彼女の瞳には、ほんの少しの挑戦の色が宿っていた。

ここに、うちの引きこもりライフをかけた、王都での戦いが始まるんや。


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次回予告


王都の商業ギルドで、いきなり試されるうちの生産能力!

高圧的なバルトロ商会代表の前に、うちは何を作るんやろ!?

そして、冒険者パーティ「暁の剣」は、王都で何を掴むんやろか!?

うちの引きこもり生活は、果たして実現するんやろか!?

次回、チート生産? まさかの農奴スタート! でも私、寝落ちする系魔女なんですけど!?


第7話 王都の証明!『魔力製氷機』の衝撃


お楽しみに!

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