徳川のシェフ
霜月華月
プロローグ
西暦二〇二〇年。
動くと汗ばみ、息をするとむっとした熱気を感じられる夏。ぎらつく太陽に光。そんな季節の中、とある会場で料理コンテストが行われていた。
皆が固唾をのんで審査結果を待っている。そんな静寂さがある会場にジッというマイクのノイズが入り、運命の時を告げる音声が入った。
「テスト、テストOK。第一〇二回多国籍料理コンテスト世界王者は……」
皆がごくりと生唾を飲み込んで次の言葉を待った。
「誉れあるチャンピオンになったのは白石弦!」
その瞬間怒号のように歓声が会場に響き渡った。優勝した白石ジャンプして体の全身を使って喜んだ。しばらくして白石は会場の上段の席に呼ばれ、自分でも信じられない表情で歩みを進めた。
そんな白石を見て多くの者が拍手喝采を送った。賞状とトロフィーを白石は照れた様子で受け取り、審査員と握手をする。互いに挨拶をし、会話を交わして記念の撮影をした。
そんなことがあったのは一時間前ほどになるだろうか。技巧や味、もてなしの心やほか諸々を賞賛されたことが何よりも嬉しい白石。
白石と同僚でありチームスタッフのサブシェフである岡田が興奮冷められぬ様子で話をしていた。場所は一階の更衣室へ向かうための階段付近だった。
「やっぱり凄いよ白石は、ジャン氏の言うとおり、機転と発想が凄かったと思う」
「いや、戦友である岡田君がいたからね」
戦友と言われて岡田の目頭が熱くなってくる。
「白石ぃ、俺はお前の戦友ほどの腕はないよ。それは買いかぶりすぎだ」
「じゃあ誰が俺のサブシャフを務められるというんだ? 俺の腕が神がかるのは周りのみんながサポートしてくれるからだと思っているよ」
白石は決しておごらない。おごりはよくないと日頃から思っているので周りの皆は大事にするし、修行も怠らない。
そんな風に二人で話をしていると背後から声が掛かる。
「一位おめでとうございます! 白石さん」
「あ、井上」
背後から声を掛けてきたのはコンテストで二位だった井上だった。彼は微笑みを浮かべ、はつらつとした口調を携えながらこちらに歩んできた。しかしなにやら恨めしげな声音であることが岡田には分かった。
不気味な雰囲気とでも言えばいいのか。白石の背後は階段。井上と言った岡田は、やや彼の雰囲気に異様な物を感じ取っていたので警戒する。
「この前もこの前のコンテストもあなたがいなければ私が一位なんですがね」
天才、いや井上にとって白石の存在は天災以外と言っても過言ではなかった。井上はぎっと奥歯を噛むと血が流れんばかりに噛みしめ、異様な笑みを浮かべた後にこう言った。
「私だって死ぬ気の努力をしている。なのに……」
井上はそこで懐からナイフを取り出し白石の元へ駆けだしてくる。明らかに白石を狙った刺突であった。
「だからお前はしねえぃ。お前が居なければ俺は一位なんだ――!ウルラアアアアアアァァァ!」
猟奇じみた井上の金切り声。驚いた白石は声を発する間もなく足を踏み外し階下へ落ちるように体を傾けてしまった。
「な! 白石ぃぃぃぃぃぃ! て、てめええーいのうええええええええっ!」
「あひゃっ、ひひっ」
叫ぶ岡田。そしてもはや人間の言語すら失ってしまった井上。 白石は階下に引きずり込まれるように滑らかに落ちていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ――!」
この体勢だと間違いなく頭部を損傷して死ぬだろう。だから白石は死なないために両手で頭を抱えた。勢いづくスピード。目を閉じると輝く星が見えた。あれだけ明るかった照明の光が消え、空には月さえ浮かんでいた。
(これは……なんだ! 俺はどこへ向かっているんだ。死ぬんじゃないのか! いやそれとも走馬灯なのか)
凄いスピードだった。このままの速度で地面に衝突するとやはり死ぬだろう。
そして場所はシフトする。
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