うしろ
倉沢トモエ
うしろ
むかし聞いた話によると、この里のはずれに住むもののけは娘姿に化けることを得意と鼻にかけていたというから、この娘がそうかも知れない。
「うしろ」
ほらきた、と、私は肩をすくめた。
こうした時は、相手をせずに立ち去るのだ。
「うしろ」
しかしそこがもののけで、約束の刻が近づき先を急ぐ私の道の先にいつまでも現れては消える。
「うしろ」
だが何度も言われているうちに落ち着かなくなった。
私の背中に何かがついているのか。
それはぞっとしないので、立ち止まって道具箱の三面鏡を開いた。
背中には何もいぶかしいところはない。
「わっ」
三面鏡を見つけた娘は、嬉しそうに「うしろ」「うしろ」と、覗き込んでくる。
その覗き込む姿が鏡に映るのだが毛むくじゃらのもののけだった。
驚いてもとの姿を見れば赤い花模様の着物を着た娘だ。どうやら鏡で正体がわかるものらしい。
「うしろ」「うしろ」
そしてしきりに鏡に背中を映して得意がるのでさらに見れば、ははあ、そういうことか。
「これはこれは。上手な福良雀だ」
帯の出来を褒めてやると、満足したのか姿を消した。
◆
「まあ。そんなことがあろうとは」
里の庄屋の奥方や女中らに、髪を結いながらする話がひとつできた。
うしろ 倉沢トモエ @kisaragi_01
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