ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

第1章 ギルド受付嬢の日常

第1話 ギルド受付嬢エルナ

「こんにちは、エルナ。今日の依頼は何があるかな?」

「こんにちは! アレイスさん。すぐにお探ししますね!」


 私の目の前に立つその人は、濡れたような艶のある長い黒髪と宝石みたいに透き通った青い瞳を持つ。

 アレイスさんはいつ見ても完璧で、誰もが見惚れるような美しい顔の男性だ。カウンターの向こうで微笑む彼の顔を、私は真っすぐに見ることができないから、仕事に集中している振りをして彼から目を逸らす。


 ここは「討伐者ギルドミルデン支団」の受付カウンター。街の外には危険な魔物が沢山いて、討伐者はギルドの依頼を受けて魔物を退治する。魔物は恐ろしいものだけど、私達の生活に役立つ素材が手に入るから、魔物を倒す討伐者は住民達にとって有難い存在でもある。


 目の前に立つアレイスさんは討伐者で、職業は魔術師だ。彼は少し前に他のギルドからミルデン支団に移って来た。アレイスさんはまるで貴族様みたいに優雅で上品で、その美しい見た目もあって最初はちょっと近寄りがたかった。でも彼は私のようなただの受付嬢にも優しく接してくれた。美しいアレイスさんがギルド内で評判になるまで時間はかからなかった。


「……お待たせいたしました! いくつか、アレイスさんにお勧めの依頼をご用意しました」

「ありがとう」


 私は机の上に積み上げられた魔物依頼の受注書を素早く見比べる。その中でアレイスさんに適した依頼をいくつか選んで彼の前に並べた。アレイスさんはここでは新参討伐者だけど、前のギルドでは経験を積んでいた人だから、彼の能力に合わせたものをちゃんと選ばなきゃいけない。


 アレイスさんは受注書を見比べながら、真剣な顔で考え込んでいる。はらり、と落ちる一筋の髪の毛をアレイスさんは耳にかける。その仕草すらとても綺麗で、思わず見とれてしまう。順番待ちの女性討伐者も、アレイスさんをチラチラ見ているのが分かる。

 正直に言えば他の女の子達と同じように、私もアレイスさんに対しては密かな憧れを持っている。受付嬢は大抵二人一組だから、彼が私の所に並ぶかは運だ。でも今まで何度か私が受付を担当していたから、アレイスさんは私の名前を覚えてくれている。今日も彼は私の受付に並んでくれたので、実はちょっと嬉しい。

 

 もっとも、それ以上彼と何かあることはないけど。あくまでこれはただの憧れだ。私は受付嬢として討伐者さんを贔屓することはないし、ましてや恋なんてしないと決めている。


 アレイスさんが『アレイス・ロズ』という二十六歳の素敵な男性だとか、前のギルドでは『一級討伐者』という討伐者の中で最上級のランクだったこととか、業務上知り得ることだけは頭の中にしっかりと刻み込んでいるけど、あくまでそれだけだ。


「……では、こちらの依頼をお願いしようかな」

「はい! それでは確認して参りますので、少しお待ちください」


 私はアレイスさんが選んだ一枚の受注書を持って、カウンターの奥にある部屋の中へ。部屋の奥にいるのは受注担当官のバルドさんで、依頼が討伐者に適しているか調べ、問題がなければ許可を出す。


「バルドさん、お願いします」

「どれどれ……ああ、アレイス・ロズだね。彼はまた一人で依頼を受けるのか?」

「そうみたいですね。アレイスさんはいつも一人で依頼を受けに来ますし」

「うーん……魔術師はできれば剣士と組んでもらった方が安全なんだけどな……まあ、仕方ない」


 アレイスさんはここに来たばかりだから仕方ないのかもしれないけど、一緒に討伐をする仲間がいないみたいだ。いつも一人でやってきて、一人で受けられる依頼を選ぶ。魔術師は剣士に守ってもらいながら戦う方が安全だから、大抵は誰か仲間と組むものだけど、彼は一人の方が好きなのかもしれない。


 バルドさんはポリポリとペン軸で頭をかきながら、受注書をチェックすると「よし」と呟いてサインを書いた。これでギルドから許可が出たので、アレイスさんは正式にギルドの依頼を受けて魔物退治に出発することができる。



 

「お待たせしました! アレイスさん、こちらが受注書です」

「ありがとう、エルナ」


 私を見つめ、にこやかに微笑むアレイスさんに少し戸惑うけど、悟られないように私は説明を続ける。


「……では、支給品はあちらの物品班からお受け取りください。目的地の『嘆きの谷』の天候は雨が続いていますので、視界が悪くなっている可能性があります。対応の薬品のご準備をお忘れなきよう、お願いします。飛行船乗り場は奥の扉を抜け……ってこれはお伝えしなくても大丈夫でしたね」

「あはは、確かにいつも乗っているからね。でも説明ありがとう」


「アレイスさん、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

 アレイスさんは私に微笑み、入り口と反対側の奥へと向かった。そこにはもう一つカウンターがあり、出発前の討伐者はそこで討伐に必要な支給品を受け取る。現地の地図とか回復薬などの薬、双眼鏡、保存食となる食料などもあるので、討伐者は必ず物品班の所へ立ち寄る。

 支給品を受け取ったアレイスさんは奥の扉から出て行った。扉の先は中庭になっていて、少し歩くと建物の外へ出る。そこには『飛行船乗り場』があるのだ。討伐者達は飛行船に乗って現地へと旅立つ。


 私は心の中でこっそりとアレイスさんの無事を祈った。彼が魔物討伐に旅立ち、怪我もなく無事に帰ってこられることを願う。


 私には、それしかできない。ギルドの中で彼らのお手伝いをして、ただ無事を祈るだけ。


 ――私は討伐者ギルドの受付嬢、エルナ・サンドラ。これが私の仕事なのだ。

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