【痛快ざまぁ】技術も理念も社名も奪われた俺は、美貌の巨乳VCと組んでスタートアップ業界に復讐する

悠・A・ロッサ @GN契約作家

第1話 どん底

 スマホの画面に、奴の勝ち誇った顔が映っていた。


「次世代遠隔診断デバイス『ReMedi』、明日ローンチ。世界の医療を変える」


 ──くそっ、それは俺たちの技術だ!


 腹の奥が焼けつくように熱を帯びる。


 アレイダ社──久遠 仁と仲間たちが命を懸けて育ててきたスタートアップ。

 そのプロダクトを、外資系大手医療機器メーカー・メディセンス・ジャパン社の加賀見 蒼司が奪っていった。


「我々は、誰も取り残さない医療を。医師が一歩踏み出すための“確信”を、どんな僻地にも届けます」


 壇上で熱弁する加賀見の声が、スピーカー越しに広がる。

 艶のある黒髪に鋭い目元、均整の取れた体躯をスーツが包んでいる。

 誠実そうな語り口に、会場は惜しみない拍手で応えていた。


 だが、俺にはわかる。

 あの目が冷たく笑う一瞬を。

 信念の仮面をかぶった野心を。


「理念まで盗まれたのか……」


 隣で、如月 禎司が虚ろな目のままぽつりと呟いた。

 かつて臨床医として多くの命を救い、いまはアレイダのCMO(最高医療責任者)を務める男。


 そのまなざしは、疲労と絶望に覆われている。

 いつも誠実だった光が、まるで消えてしまったかのようだ。


「如月、あれは俺たちの出発点だったよな?」


 声は震えていた。

 喉の奥が焦げつき、言葉は灰になりかけている。


「誰も取り残さない医療……あいつがそんな言葉を本気で信じてるはずがない」


 如月は虚空を見つめたまま、唇を噛んだ。

 都内のマンションの一室。


 机の上には、CFO──最高財務責任者の辞表が放り出されたまま残っている。

 創業初期からの同志だった彼は、加賀見との資本交渉に敗れ、静かに去ったのだ。


 三人いた役員は、今や二人にすぎない。


 資金もまた、底を見せ始めていた。

 その一方で、ReMediは明日、華々しくリリースされる。

 けれど、そのどこにも俺たちの名前は刻まれていないのだ。


 ──すべては、1年前に始まった。


 加賀見は昔の仲間だった。

 メディセンス・ジャパン社から「共同開発」の誘いを受け、

 俺たちはプロトタイプを託し、仕様を共有してしまった。


 医療現場での実績も資金もネットワークもない俺たちにとって、

 夢のように甘い話に思えたのだ。


 だが半年後、奴らは「独自技術」と称してReMediを発表する。


 法的措置?

 契約書など交わしていない。

 口約束だけを信じた、俺たちの愚かさ。


 だからこそ「盗まれた」と叫ぶことすら叶わなかった。


「なあ、久遠……再就職、考えてるか?」


 如月の声が、静まり返った部屋に響いた。

 耳を塞ぎたくなる言葉だったが、それが現実でもあった。


 会社はもたない。

 投資家は去り、今月の資金繰りさえ危うい。


「俺たちの技術で、あいつらが賞賛を浴びてるんだぞ!」


 拳を握る。

 唇を噛むと、鉄の味が滲んだ。


「わかってる。でも、生きなきゃ意味がない」


 その一言が鋭い刃となり、胸を抉る。

 妻子を抱える彼を、理念を盾に誘ったのは俺自身だった。


 一拍の沈黙のあと、俺は言った。


「──あいつに、話に行く」


 立ち上がると、如月が手を伸ばしかけた。

 だが、その手は途中で止まり、静かに下ろされる。


「……無駄だ。だが、行けよ、久遠」


 その瞳に、かすかな期待が宿っていた。


***


 東京都港区・溜池山王にあるメディセンス本社。

 ガラス張りのファサードが、冷たく光を返していた。


 時間外の訪問者など、本来歓迎されるはずがない。


 だが衝動に突き動かされ、俺は受付に立っていた。


「新規事業部長の加賀見を呼んでくれ」


 受付嬢が戸惑いながら電話を取り、数分後、エレベーターが開いた。


「久遠」


 加賀見 蒼司。

 変わらぬ穏やかな声。


 しかし、その目の奥で何かが蠢いている。


 スーツの袖から覗いた時計が、成功者の証のように煌めいていた。


「時間、いいか」

「10分なら。ReMediのローンチパーティが始まる。主催とスピーチがある」


 その言葉に、腹の奥が再び焼けるように熱くなる。

 俺たちのプロダクトを、お前が語るな。


 ロビーの隅のテーブル。

 パーティ会場へと急ぐ人々の波を横目に、加賀見は椅子に腰を下ろした。


「返せ。俺たちの技術を。理念を」


 そう告げると、加賀見の唇が冷たく歪む。


「君たちは理想に溺れてた。だが、理想だけじゃ社会は変わらない。俺は“実装”した。それだけだ」

「盗んで、か?」

「そう言うなら、それでもいい。だが、誰かが形にしなきゃ、技術はただの絵空事だ」


 拳が震える。

 叫び出したい衝動を押し殺す。


 だが、その目には見知らぬ冷たさが宿っていた。

 声を絞り出す。


「コヒーレンス・スキャン。あれがなきゃ、ReMediは魂を失う」


 コヒーレンス・スキャン──命にかかわる不調を決して見落とさない技術。

 難易度は高く、実装はいまだ遠い。


 だが、それこそがReMediの心臓だった。


「久遠」


 加賀見が遮る。


「君の理想主義は嫌いじゃない。だが、実装できない機能に意味はない。市場は待ってくれない」


 その言葉が胸を深く抉る。


「……仁、君は天才かもしれない。だが、ビジネスをわかってない。──もう帰れ。パーティに遅れる」


 ビルの外、雨が降り始めていた。


 傘も差さずに歩く。

 足元の水たまりに映る顔は、砕けたガラス片のように歪んでいた。


 アレイダとは──「光を与える者」。


 如月が選んだ名だ。


 誰かに希望を届けたかった。

 だが、技術も理念も仲間も──すべてが俺の手から零れ落ちていった。

 もう何も残されてはいない。


 雨の冷たさが、言い訳のように肩を濡らしていく。


 オフィスに戻ると、異様な静けさが支配していた。


「如月?」


 呼びかけても応えはない。

 ──次の瞬間、床に崩れ落ちた如月の姿が視界に飛び込む。


「如月!」


 駆け寄る。

 額に浮かんだ汗。浅く乱れた呼吸。

 過労か、ストレスか、それとも──。


 コヒーレンス・スキャンなら、この不調を見落とすことはなかったはずだ。


 なのに、俺たちのコア技術は、いま加賀見の手の中にある。

 救急車を呼んだ。


 医療チームに託され処置室へ運ばれる如月の手を握りしめ、必死に声をかけ続ける。

 だが返事はなかった。


 やがて駆けつけた妻に引き継ぎ、俺は静かに病室を後にする。

 彼女の目は冷たかった。

 まるで「お前のせいだ」と突きつけられるように。


 いや、本当にそうなのかもしれない。


 帰る場所を失ったような気分だった。

 それでも足は自然と、アレイダ社のオフィスへ向かっていた。


 机の上の辞表が、風もないのに揺れた気がする。

 薄暗い室内に散乱した書類と、点滅を繰り返すモニターだけが、俺の絶望を淡々と照らしていた。


 ──限界だった。


 喉の奥から、叫びとも嗚咽ともつかぬものがこみ上げる。


 そのとき、ノックの音。

 振り返ると、スーツの女が立っていた。


「アレイダ社の久遠 仁、ね?」


 スーツの上からでもわかる均整の取れた体躯。

 とりわけ豊かな胸元のラインは無駄がなく、それでいて自然に目を引いた。

 本人にその意識はないようだが、男として無視することは難しい。


 スーツの襟元から覗いた銀のペンダントヘッドが揺れている。

 小さな光が、何かを語りかけるように瞬いた。


「ユグドノア・ベンチャーズ、氷室 灯子よ」


 彼女は一歩踏み出し、静かに告げる。


「コヒーレンス・スキャン──その心臓を奪還したければ、私と組まない?」


***


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