第9話:嫉妬と牽制!レティシアを巡る静かなる(そして鈍感な)攻防戦
「ふむ……この古代語の訳は、やはりこの解釈が妥当ですわね」
私は、学園の図書館の一番奥、滅多に人が来ない書架の隙間で、古代語の文献と格闘していた。聖女の歴史を深く学ぶには、古代語の知識は不可欠だ。もちろん、これも全て、完璧な聖女になるための地道な努力である。
「(ゲームでは、この古代語の解読にヒロインが挑み、攻略対象たちと力を合わせる場面があったはず。私が先に解読してしまえば、彼らの協力イベントを潰せるわ! 破滅フラグ、粉砕してやるんだから!)」
脳内で悪役令嬢マニュアルが叫ぶ。ヒロインの出番を奪うことが、私の聖女への道なのだ。
集中して書物を読み込んでいると、ふと、周りの空気がピリつくのを感じた。顔を上げると、書架の通路の向こうで、レオナルドとアリスが、互いに険しい顔で睨み合っているのが見えた。二人の間には、目に見えない火花が散っているかのようだ。
「……レティシア様は、私の魔術の研究にご興味をお持ちだ。邪魔をするな」
アリスが冷たく言い放つ。
「何を言うか。レティシア様は、私の剣の指導に熱心なのだ。貴様のようなひ弱な魔術師に、彼女の護衛など務まるまい」
レオナルドが言い返す。二人の間から、ギギギ、と音が聞こえてきそうなほどの緊張感が漂っていた。
「(な、なんですって!? 彼ら、まさか私の監視役の座を巡って争っているの!?)」
私は心臓が跳ね上がった。まさか、彼らがここまで私の監視に執着しているとは! これは、私が聖女としての道を踏み外さないか、あるいは破滅のきっかけとなる事件を起こさないか、互いに競い合って監視しようとしているに違いない。
「(くっ……抜かりないわね! だが、このレティシア、監視されることに慣れているんだから! むしろ、競い合って監視してくれれば、私の完璧な行動はより揺るがないわ!)」
私は彼らの争いをよそに、再び書物に目を落とした。彼らが勝手に競い合ってくれるなら、私が何かをする必要はない。せいぜい、存分にやり合えばいい。
その日の午後、昼食のために食堂へ向かうと、今度はセドリックが私の隣を歩き始めた。
「レティシア様。今日の午後の授業は体育でしたね。レオナルド殿との剣術訓練は、いかがでしたか?」
セドリックはにこやかに話しかけてくる。だが、その声の端々には、レオナルドへの牽制の色が見え隠れしていた。
「ええ、レオナルド殿の指導は的確で、とても有意義でしたわ。流石は騎士団長、剣の腕は一流ですものね」
私が答えると、セドリックの笑顔がわずかに引き攣った。そこへ、食堂の入り口からレオナルドが、そしてアリスがそれぞれ現れた。二人はセドリックと私が並んで歩いているのを見ると、表情を硬くした。
「(ほら来たわ! 彼ら、私が誰と親密にしているか、徹底的にチェックしているのね!)」
私の脳内で警報が鳴り響く。彼らは、私が特定のイケメンとだけ親しくなり、そこから恋愛フラグ、ひいては破滅フラグに繋がることを警戒しているのだ。
レオナルドが真っ直ぐこちらへ歩いてくる。その表情は、普段の冷静さが嘘のように、焦りの色を帯びていた。
「セドリック。レティシア様を一人占めとは、生徒会長らしくないのではないか?」
「これはレオナルド殿。レティシア様の憩いの邪魔をしては申し訳ないと思いましてね。貴方こそ、騎士として、もう少し生徒の気持ちを尊重されてはいかがです?」
二人が言葉の応酬を始める。そこへアリスが加わった。
「くだらない。レティシア様が最も必要としているのは、知識の探求だ。無駄な会話で時間を浪費させるべきではない」
「私の剣の指導こそが、彼女を真の聖女へと導くのだ!」
「いや、学園の規律を守らせる生徒会活動こそが、彼女の資質を高めるのだ!」
三人は私の目の前で、まるで子供のように口論を始めた。周囲の生徒たちが、ヒソヒソと囁きながらこちらを見ている。
「(な、なんですって!? 私が破滅フラグを立てないよう、互いに責任を押し付け合ってるのね! この光景、まさに修羅場ですわ!)」
私は内心で冷や汗をかきながらも、彼らの真剣な口論を前に、どうすればいいか分からなくなる。早くこの場を収めなければ、私が「イケメンたちを争わせる悪役令嬢」という新たな破滅フラグを立ててしまう!
「皆様方! おやめになって! わたくしは、皆さまと仲良くしたいと願っておりますわ! 聖女たるもの、平等に接するべきですから!」
私は精一杯の笑顔で、彼らの間に割って入った。彼らは私の言葉に、一瞬だけ動きを止める。そして、三者三様の表情で私を見つめた。レオナルドは悔しげに、アリスは不満げに、セドリックは少し寂しげに。
「(よし、これで仲良く監視してくれるはず! これで、無用な破滅フラグは回避できたわ!)」
私は心の中でガッツポーズを取った。彼らは、結局私の言葉に逆らえず、不満げながらもそれぞれの持ち場へと戻っていった。
三人のイケメンたちは、私が誰といるかを常にチェックし、互いに牽制し合っている。彼らの視線は、まるで獲物を狙う猛禽のように私を捉え続けていた。私にはそれが、破滅フラグの監視を競い合う姿に見えていた。
「(ふふん、これで悪役令嬢がイケメンたちを侍らせている、なんて破滅フラグは立てられないわ! むしろ、優秀な聖女候補生として、皆に慕われているという評価が上がるに違いないわ!)」
私は心の中で満足げに頷いていた。彼らが真剣であればあるほど、私の破滅回避は確実なものになる。
今日もまた、イケメンたちの嫉妬と牽制は空回りし、私の破滅フラグ回避戦は、続く。
脳内会議の結論:「私が何かやらかさないか、お互いに監視の成果を競い合ってるのね! 切磋琢磨し合っていて微笑ましいですわ!」
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