第三幕:進軍の朝、火の決意
夜が明け、空が淡く白んできた頃。
魔王城の高台にあるテラスで、ふたりの姿が並んでいた。
ひとりは、鉄球を足元に置いた僧侶の少女。
そしてもうひとりは、その肩にそっとマントを掛ける、大柄な魔王。
「眠れた?」
「……はい。子どもたちと一緒だったから」
リリアは小さく笑ったが、その目は少し赤かった。
火を囲み、誰もが穏やかに眠る一夜を過ごしたのに、
その静けさが、かえって不安を膨らませる。
――いつまで、守れるだろう。
そんな問いが、胸の奥で揺れていた。
「私ね、昔のあなたが嫌いだったのよ」
ふいにリュシアが言った。
リリアは驚いて顔を上げた。
「完璧で、信仰深くて、誰の助けもいらなそうで……。
でも、いまのあなたは、ちゃんと頼って、ちゃんと泣いて、ちゃんと……」
リュシアは、微笑む。
「誰かを信じてくれるようになったわ」
その言葉に、リリアの胸がふっと熱くなった。
「……わたし、鉄球を構えるのが怖いんです。
あれは、あまりにも多くを壊してきたから……」
「でも、あなたはそれを“振らずに立つこと”を覚えた」
「……今度は、振るかもしれない」
「そうね。でも――」
リュシアは、リリアの小さな手をとって、
自分の胸にそっと押し当てた。
「この手が壊すんじゃなく、“開くため”に振られるなら。
私は、その力を、全身で支える」
リリアはゆっくり頷き、そして言った。
「わたし、進みます。誰かの夜を照らすために」
その言葉が、朝の光に染まっていく。
***
一方その頃――神聖国家、教会本部。
白亜の塔の頂上、禁書の間にて、
数名の高位神官が集まり、最後の会議が開かれていた。
「魔族の勢力が戻りつつあるとの報告がある。
“異端者”の拠点が南方に再び根を張っている」
「問題は、元聖球騎士団の残党と、“鉄球の聖女”とされる少女の再出現だ。
民衆に信仰の混乱が起きる前に、処理すべき」
「神の光が曇る前に、浄火をもって清めねばならぬ」
「もはや、審判の時。我らが神の代行者である以上――」
会議の結論は一つだった。
“魔族領侵攻、ならびに鉄球の聖女の再焚刑”――実行を決定する。
神官たちは各地の軍を動かす手配を始めた。
“神の火”の名のもとに、“再び火を振るう”準備が進められていく。
かつて人々を焼いたあの火が、
今また新たな命へと向けて、燃え上がろうとしていた。
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