第三幕:焚かれた祈りの場所で
ぱち、ぱち、と火がはぜる音が、焚刑場跡に柔らかく響いていた。
夕闇の中。
黒く焦げた石の土台の上に、小さな囲炉裏が築かれていた。
そこに座る少女――かつて“聖女”と呼ばれたはずの人物が、火にあたっていた。
しかも――自らの手で、薪を組み、火をつけ、子どもたちの膝に毛布を掛けている。
その姿は、あまりにも“俗”だった。
“神の清き手”ではなく、煤で黒くなった人間の指先。
それが、魔族の血を引く子どもたちの髪を撫で、
薪をくべ、火を守っている。
誰よりも、静かに、穏やかに。
聖球騎士団は、石のように立ち尽くしていた。
誰も、声を発せなかった。
誰も、足を一歩も踏み出せなかった。
セリアだけが、震える唇を押さえていた。
「……こんな、はずじゃ……」
騎士のひとりが、口を開いた。
「“聖女”が……火のそばに……子どもたちと……」
その言葉に、誰かが咳き込むように泣き始めた。
「俺の祖父が……百年前に、“あの場所にいた”って言ってた……。
“神の火”を祈ったその手が、燃え上がる炎を見て震えて、何もできなかったって……」
ひとりが地に膝をつく。
嗚咽が止まらない。
「……父さんも、ずっと何かを抱えてた。
“俺は祈った。誰かを救うつもりで、焼いたんだ”って……
でもそれが、間違ってたと知ってて、何も言えなかった……!」
その背に、別の騎士が手を置いた。
けれどその手も、震えていた。
剣を持つことに慣れた指。
それが今、誰かの涙を拭く術を知らなかった。
焚刑場――そこは、“神の裁き”が行われた場所。
その中心で、“かつての聖女”が、子どもたちと一緒に微笑んでいた。
笑っていた。
“異端”とされ、追われ、祈りを裏切ったはずの少女が――
子どもたちと、手を取り合って、火のそばで笑っていた。
「……祈りって、なんなんだ……」
誰かが、静かに呟いた。
その問いに、誰も答えられなかった。
そのとき。
リリアがふと立ち上がった。
火に照らされた頬は、汗と煤で黒ずんでいたが――
その目だけは、まっすぐに彼らを見ていた。
「……あなたたちの信仰を、否定したいわけじゃない。
わたしも、かつてそこに立っていた。
でも……この火の前では、どうか“ひとりの目”で見てほしい」
その声は、祈りではなかった。
けれど、それは“祈りよりも切実な願い”だった。
セリアは、一歩だけ前に出た。
鉄球が、彼女の前で地面に置かれている。
「……この火を、“正義”だと思えたら……どんなに楽だったか……!」
彼女は、振り上げていた剣を、そっと鞘に戻した。
「でももう、私はあなたを“敵”とは呼べない」
その言葉に、数人の騎士たちもまた、剣を地に伏せた。
彼らの信仰が、いま――揺らぎ始めていた。
そして、リリアはそっと背を向けた。
焚刑場の火は、今も消えずに燃えている。
それは“焼く火”ではなく、“夜を照らす火”だった。
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