戦えない荷物持ちの俺と、戦いすぎる女騎士のお姉さんの異世界生活
山城純奈
第1話「熊に追われて木に登ったら、武闘派美人が助けに来た件」
突然であるが、ただいま絶体絶命の大ピンチ中である。
この異世界に転生して3日目。
森の中でマッドベアーとは鉢合わせてしまった俺は、思わず木の上に登って事無きを得た。逃げ切ったのだ。
そして今現在、何故かそのマッドベアーが下から木を揺らしている。
完全に晩御飯を見る目で。
そう。逃げ切れたと思ったのは都合の良い勘違いだったのだ。
あぁ。せっかく転生したのに短い人生だったな。
唯一手に入れたスキルをとりあえず開いてみる。
スキル:「
レア度:SR+
・無限に収納可能(中は異空間倉庫)
・生物は収納不可
・収納中のアイテムの位置を完全把握し、即座に取り出せる
・内部は自動で分類(書庫、武器庫、冷蔵庫など)
つまり、全く戦闘の役に立たない«荷物持ち専用スキル»なのだ。何で開いたんだろ。サイフと昨日の残りのパンしか入ってないし。いや、だからそんなに揺らすなって。
「おい!すぐに助けてやるからな!」
いきなり女性の大声がした。声の方を見ると、そこには銀髪ポニーテールの美女が立っていた。
騎士?勇者?腰には大きな剣と鎧。
叫び終わると同時に、彼女がこちらに向かって走り始めた。
うわマジで来てくれるの?格好良いんだけど。もしかしたら、この世界に来て初めてモンスター退治が見られるかも。
剣で倒す?いや女性だから、もしかしたら魔法かも。どちらにせよ初めて見るのだ。何か不謹慎だけどワクワクしてきた。
お前、木を揺らしてる場合じゃなくなったな。剣か魔法か。せいぜい怖れるが良い!!
そうして彼女はそのままスピードを緩めることなく、飛び上がってマッドベアーを倒したのだ。
ドロップキックで。
両足で完璧にアゴを揺らされたマッドベアーが、ドスンッ、と地面を鳴らしながら仰向けで倒れる。
………違う。いや助かったよ?ありがたいよ?でも見たかったのとはちょっと違うじゃん。
いや、文句なんて言える立場ではない。とりあえずお礼を言わなければ。
木から下りようとすると、突然また声が掛かった。
「まだだ。もう一体居る。」
いつの間にか少し離れた所に、一回り体が大きなマッドベアーが居る。つがいのオスだろうか。
2人?はゆっくりとだが、真っ直ぐに距離を詰める。
今度こそだ!せっかく異世界に来たんだから、お願いしますよお姉さん!美人剣士なんてURなんですから!!
そして間合いに入った瞬間にお姉さんから動く。
先手必勝の右ストレート。
マッドベアーもパンチを返してくる。
お姉さん負けじとボディーブローをテンポ良く叩き込んでいく。
おっ?熊たまらずクリンチか?
お姉さんの頭を抱えながらキックを放つが、一向に怯まないお姉さんの連打は更に加速していく。
すげぇ。ボディー連打で熊を後ずさりさせてる。何でこの人止まらないんだ。暴走機関車かよ。
つうか、何で熊相手にフルコン空手みたいな事してるんだ。そしてその腰に差してる物は一体何なんだ。
僅かに熊のクリンチが緩んだのをお姉さんは見逃さず、熊の左手をはたき落としながら右のハイキック一閃!
劇的なK.O勝利で試合の幕を閉じた。
いやぁ、どの時間帯を見ても素晴らしい試合でしたね。
………いかん。一体何を実況させられたのだ俺は。
「少年、もう良いぞ。降りて来い。」
満面の笑みを浮かべながら、右手の親指を立てるお姉さん。いや、笑顔がめちゃくちゃ可愛いんだけど………。
うん。ちょっと情報量多過ぎる。一回整理しよう。まとめるね?
「熊とタイマンで肉弾戦をして勝つ剣を使わない剣士のめちゃくちゃ美人なお姉さん」
うんそうだね。まとまってないね。散らかったままだね。
まだ頭が混乱しつつも木から降りる。
まずは人としての礼儀だ。
「ありがとうございました。あの、、、助けて頂いたお礼を、何かさせて下さい。」
「いや構わないよ少年。君を助けたのはほんのついでだ。」
うん?ついで?何のついで?
「コイツらはな、良いスパーリングパートナーになるんだ。久し振りに全力で打てて楽しかった。ありがとう。君が連れてきてくれたおかげだ。こちらこそ礼を言う。」
あー、関わっちゃ行けないタイプの人だ。うん。とりあえず刺激しないようにしないと。
この世界ってこの華奢な女性と熊の筋力差無いみたい。逃げられるかな?いや無理か。足もめちゃくちゃ速かったし。
戦わないと行けなくなったらどうしよう?アサルトライフルとかってこの世界に有るのかな?
様々な可能性を考えている俺に、お姉さんはゆっくりと告げた。
「レアだ。少年、君の名は?」
「えっと、ヒロシです。」
「よしヒロシ。もうすぐ日が暮れだす。とりあえず暗くなる前に、街に戻ろう。」
そう言うと振り返り、銀色のポニーテールを見せながらレアさんはスタスタと歩き出した。
若干の興奮を覚えながら、慌ててその背中を追い始める。
街だ。3日目にして、ついに街に行ける。どんな所だろ?
「ヒロシは転生者だよな?名前で分かる。転生した時に貰ったスキルはどんなのだった?」
「それがその、、、。めちゃくちゃ外れスキルでして、、、。お見せ出来る様な物じゃないんです。」
そうだ。自分のスキルが無能な事を忘れていた………。このスキルじゃ、パーティーなんか入れて貰えないし、一人でも生きて行けない………。
「とりあえず見せてみろ。なんなら私に向かって出しても良い。大丈夫だ。悪い様にはしない。」
ヤバい。見抜かれてる。俺のスキルが«収納»だと言う事を。
だから出せってレアさんは言ったんだ。
どうする?どっち出す?いや、パンなんか出したらきっと殺される。もう有り金を全て渡すしかない。
転生前にも駅前で経験が有る。これはカツアゲだ。
「レアさん!もちろんお礼させて貰います!受け取って下さい!」
スキルを開いてサイフを取り出し差し出すと、一瞬だけ時が止まった。2人の足が止まる。
「………ヒロシ。お前のスキルは攻撃じゃないのか?………どんなスキルなんだ?サイフを生み出すスキルか?」
レアさんを見ると、とても驚いた顔をしている。
「いや、«収納»が無限に出来るってだけです。でも今入ってるのはサイフと食べかけのパンだけだし、、、。お渡しして喜んで貰える様な物はこれしか無くて、、、。」
「違う。私は私に向かって攻撃してこい、と言ったんだ。お金を渡せとは言ってない。」
あれ?見抜いてなかった?
「この世界の転生者は99%が攻撃スキルなんだ。お前のそのスキルは………正直言って特殊だ。」
レアさんはそう言うと、アゴに手を当てながら大きな瞳を伏せて、何やら考え出した。
珍しい。この人も考えたりするんだ。
分かんない事が有ったら、取りあえずパンチするんだと思ってた。つうか、まつ毛長えな。
伏せた目をまた大きく開きながら、レアさんが尋ねてくる。
「ヒロシ。お前料理出来るか?」
「父親が料理人で、俺も父さんの後を追って料理人になりたかったから、小さい頃から父さんに色々と教わってきました。」
レアさんがニヤッと悪い笑顔になった。
「なるほどな。じゃあとにかく街に着かないと。
着いたら早速ギルドに行こう。」
どういう事なのだ。俺はどこかの料理屋に売られて、一生そこで働きながらボアレッカーの丸焼きを作り続けるのだろうか。いや、それでもまだマシだ。
父さん。父さんのおかげでこの世界でも生きていけそうだよ。ありがとう。
「パーティー登録しないとな。それで明日からすぐに依頼を受けよう。大丈夫。私とヒロシだ。こんなに良いコンビは中々無いぞ。」
………どうやら俺の新しい就職先は、思わぬ所に決まったらしい。
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