トー横、光の見えない夜の下で

シリウス Sirius

第1話 ここにいる、わたしは

夜の新宿。

ネオンの光が、ビルの隙間からにじんでいる。


その下――コンクリートの地面に、私はしゃがみこんでいた。

足元のタイルはまだ温もりがあって、なんとなく安心できる。

手にはぬるくなったチューハイ。口をつけたけど、もう甘くも苦くもない。


スマホの画面を見ると、バッテリーは「3%」。

でも、誰かと連絡を取る予定なんてない。


「……めんど」


誰に言うでもなく、ひとりごとを吐いた。

世界も、自分も、めんどくさい。

名前も年齢も、もうどうでもよくなってる。

14歳って言えば、だいたいの大人は引く。でも、それも狙い通り。

可哀想って思われたら、今日くらい泊めてもらえるから。


ふふって笑ったけど、すぐにその笑いも消えた。


背中を丸めて、スマホの光で手首を隠す。

包帯の端がちょっとだけほどけて、黒タイツに白く映えていた。

見た目だけなら、たぶん“それっぽい”。

街を歩く人たちの視界に入っても、私を“見よう”とはしない。


誰も見ない。誰も、何も言わない。

それがトー横。


――ここは、生きるための場所じゃない。

死なないための、ただの「通過点」だ。


「おい、お前」


声がした。

男の人の声。

警察でも、通行人でもない。ちょっと声が若い。

振り向くと、そこにいたのは――


「……だれ?」


ジャケットのフードを深くかぶった、痩せた少年。

こっちをまっすぐ見てる。目がすごく黒くて、でもどこか壊れてる感じ。

私と同じ匂いがした。


「お前、14には見えねーな。サバ読んでんだろ」


「うっざ……放っといて」


「じゃあ死ぬか?ここで」


……一瞬、息が止まった。

からかいじゃない。本気の声だった。

何かを見抜かれた気がして、胸がざわついた。


「別に。死にたいわけじゃないし」


「じゃあ、生きたい?」


そう聞かれて、答えに詰まった。


生きたいか?

わかんない。

でも――


「……どっちでもいいよ。明日が来ても来なくても、別に」


「そっか」


少年はそれだけ言って、ポケットから何かを取り出した。

コンビニのサンドイッチ。賞味期限が今日の昼で切れてるやつ。


「腹減ってんなら、食えよ」


私は答えなかった。

でも、なぜか涙がにじみそうになった。


誰かがくれたサンドイッチなんて、たぶん一年ぶりくらいだった。

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