Unconscious murder
黒井ちご
Unconscious murder
出会いは会社だった。
彼女―無山来乃は新入社員としてやって来た。笑顔が素敵で、無垢な目をした女性だった。
彼女の知らないもの、見せてやりたい。
そう思った。きっと、このどうしようもない感情は一目惚れというやつだ。
数ヶ月の片思いの末、俺は彼女に告白した。
どうやら向こうも同じ気持ちだったらしかった。
しかしこれはただの恋愛ではない。
俺にはもう彼女がいた。
桐谷真理。俺は彼女と婚約まで果たしていた。
これで俺と来乃の浮気の関係が始まった。
来乃が俺の最上の幸せになった。
「君だけが恋しいんだ。」
彼女に繰り返し言った、上辺の愛の言葉。
それでも彼女は喜んでくれた。頬を赤らめてくれた。
君と純情なラブストーリーを紡ぐことは出来ない。
けれど俺は未来を望んでしまっていた。
しかしこんな日々も長くは続かないかもしれないことに気づき始めていた。
あいつ―真理が俺の浮気に気づき始めているのではないか、と思ってきたからだった。
決定的証拠もないし、動揺する様子も見れない。
でも、彼女には絶対に気づかれてはならない。
最近、あいつの愛が重いから。
来乃に何かあったら責任は取れない。
そろそろ彼女との関係も切らなければならないのかもしれない。
来乃との関係を切ることは、俺にとって容易なことではなかった。
あと一回会ったら終わりにしようと思っても、あと二回、あと三回と先延ばしにしていた。
そしていつの日か、彼女と関係を切ろうという考えも、俺の中から消えていた。
もう俺は彼女と別れることもできない屑になっていた。
数日後、会った時、来乃に言われた。
「私、一番が良かった。」
どきりとした。自分の心臓に血が巡ったのが分かった。
彼女は俺に婚約者ということは知らなくとも、ガールフレンドがいることを知っていたのだ。
自分は浮気相手。彼女はそれを知っていた。俺は悔しさと悲しみで涙と血が溢れた。俺が感じていい感情ではないが。
浮気相手のはずなのに、彼女は満ち足りた顔をしていた。
「罪を二等分にして背負わせる」
俺の浮気という罪は二等分されて彼女に背負わされてしまったのだ。
いけないことをしている時は生きた心地がしないというが、同時に最高に生きていると実感する。俺と彼女の関係はそんなものだった。もうこの関係は終わりにしたい。もうどこにもいけないから。
そして事件は起きた。
仕事から家に帰った後、真理は上から垂れ下がっていた。足は地面に付いていない。俺は腰を抜かした。もう立っていられない。彼女の近くに落ちていた遺書らしきものを手に取り、何度も読み返した。
「⬛︎⬛︎くん
私、幸せよ。
あなたを私の牢獄に閉じ込められて。
私は自殺なんてしてない。
これはマーシーキリングだよ。」
震える手でマーシーキリングの意味を調べた。スマホに映し出された日本語訳は「安楽死」だった。
浮気の罪、真理の死。来乃は、もう満ち足りた顔をしなくなった。
それは俺も同じで、心から笑えなくなっていた。
彼女が死ぬ前から、地獄は始まっていた。
いや、俺が来乃と会った時から、地獄はそこで待っていたんだな。
俺の騙す心で真理は死んだ。
でも「私達が大丈夫なら良いじゃない」
こう言われたから、そう言い聞かせて、俺達は関係を続けようと思う。
彼女の牢獄に閉じ込められて、もう幸せはないことは知ってる。
でもここでやめてしまったら、何もかもが終わってしまうから。
止まれやしない。これが俺達の未来なんだ。
――――――――――――――――――――
「一つの感情がとうてい許されていいものではないことは知っていた。
俺にはすでに彼女がいた。
実のところここ最近あいつはやたらと重い愛情を強制してくるようになっていた。
なにかにつけて『約束』だの『嘘をついたら』どうやらああばかり言ってくるので正直うっとうしくさえ思えていた。
自分と同じ量の愛を相手に要求するというのはずいぶんわがままなんじゃないか。
それならずっと鏡に向かって告白でもしてりゃあいいじゃねえか。
今日も雑な言い訳を並べて家を出た。
大丈夫。
単にあいつは俺に愛してもらえなくなることを怖がっているだけであの子との関係に気づきゃしないさ。
前から鈍いやつだし。
俺はちゃんと賢くやってるんだ。
今日はあの子はどんな表情を見せてくれるのだろう。
そう考えると自分がさっきまで抱えていた憂いがふきとんでいくような気分になった。
しかしあの子にはまだ今の俺の状況について話していない。
罪を二等分してせおわせるのは気がひけるが、どちらにしろもう戻れはしないのだろう。」
Unconscious murder 黒井ちご @chigo210
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