アープラ課題部7/27〆分 テーマ:風鈴

フー

『連吊草』

 風が吹いている。鈴が鳴っている。

目を開ける。フラフラして、渇きを感じる。目覚まし時計は三時半を示している。私はベッドから抜け出して、冷蔵庫を物色しに台所へ向かう。

ダイニングに入るとギョッとした。お爺ちゃんが立っていて、ぼんやりと時計を見つめている。その目には生気がなく、時計というか、そのずっと向こうを見つめているようだった。

私は困惑する。やめてよ、いつまで引きずっているの?あの日起こった事は、私の中ではもう終わった話だから。気にしないでよ。

お爺ちゃんはうなだれる。気まずくなった私はそそくさと部屋へ戻る。戻ったところで気が付いた。あー…冷蔵庫見損ねた。


 風が吹いている。鈴が鳴っている。 

廊下でお姉ちゃんと飯田くんが話している。ソファに寝転んでいた私は外を覗き、聞き耳を立てる。お姉ちゃんの楽しげな声が響いている。

お姉ちゃんがこんなに楽しそうに振る舞うのは飯田くんの前だけだ。お姉ちゃんが飯田くんだけに見せる顔。この表情は、私の前では…見たことない。私の方がずっと一緒にいたし、ずっと一緒にいるのに。

心がチクリと痛む。そう言えば、心ってどこにあるんだろう。ここにある本の中に書いてあるのかな。お姉ちゃんの本棚に並んだ仏教や哲学の本を眺める。ひんやりとした部室。私は何をしてるんだろう。扉を開け、お姉ちゃんが戻って来る。私は起き上がり、お姉ちゃんの座る場所を空ける。お姉ちゃんは上機嫌で机に向かい、ノートに何か書き始めた。


 風が吹いている。鈴が鳴っている。

リビングでお姉ちゃんとお父さんが話している。明日は叔父さん一家が来るらしい。お姉ちゃんは静かな声でそうだね、うん、私がやっておくよとお父さんをあやしている。お父さんはもともと冷静で理性的な人だけど、強い人ではない。お父さんがソファで眠りにつくと、お姉ちゃんはスマホを少し弄ってから、ため息とともにソファを発つ。柔らかだった表情には疲れと諦めが混ざり、テーブルにある空き瓶と3人分の食器を回収する。軽く下洗いをして、黙々と食洗機に詰めていく。

ねえ聞こえる?お姉ちゃん、親戚付き合いなんて、断ってもいいんだよ?どうせみんな適当な口実でお酒を飲んで、駄弁りたいだけなんでしょう?お姉ちゃんは明日の夜、飯田くんと予定を入れてたんじゃないの?

お姉ちゃんの手が止まり、口元が少し緩んだ。食洗機の扉を閉め、タオルを回収して伸びをする。

「ままならないものだねぇ…まぁそんなものか、人生」

独り言のようにお姉ちゃんは呟いて、脱衣所へ向かった。


 風が吹いている。鈴が鳴っている。

ベッドから窓を眺める。空っぽの布団、時が止まった部屋。客間ではまだ叔父さんたちとお父さん、お爺ちゃんが話している。いとこたちは部屋の隅で黙々とスマホゲームをしている。お姉ちゃんはバーテンダーのようにドリンクやおつまみを準備し、メイドのように運んでいる。お父さんのお兄さん、つまり私にとっての叔父さんは酔っ払うとうちの家族に説教を始めるから嫌いだ。

「よそはよそ、うちはうち」

この言葉を子どもたちには高圧的に使っておいて、自分が実践できていない大人、多過ぎ!

お母さんはこんな親戚たちとの付き合いに疲れ果て、入院してしまった。お父さんやお祖父ちゃんは大丈夫なのかな、お酒で心が麻痺しちゃってるのかな。

夜が更けていく。叔父さん一家はこのまま客間に泊まり、翌朝、ご飯をちゃっかり召し上がってから帰るのがいつもの流れだ。はぁ…

部屋へ戻ろうとしたその時、いとこが廊下に出てきた。トイレのようだ。マズイ、隠れないと。数年前、彼に見つかった時は散々追い回され、危うく部屋まで暴かれるところだった。素早く2階へ上って階段下を覗き込むと、彼はイヤホンを着けてスマホゲームに夢中のままトイレに入っていく。…良かった、あれなら気付かれそうにない。ホッと安心した反面、あの頃の彼はもういないんだ、もう隠れん坊をすることも無いんだと思うと、どこか寂しさを感じる。私はバイバイと小さく手を振って、自分の部屋へと戻った。


 風が吹いている。鈴が鳴っている。

パチパチとオガラが爆ぜる。おりんの音が響く。煙が細く空へと上る。お爺ちゃんはずっとお経を唱えている。お父さんが火を跨ぐ。次はお姉ちゃんの番だ。

今回はあっという間だった気がする。次は秋のお彼岸かな。長いなぁ。私は日数をぼんやりと数えながら、

「それまでに遊びに来てね、お姉ちゃん」と呟く。あ、声に出ちゃった。

火を跨ぎ終えたお姉ちゃんはしっかりとこちらを見つめる。そこにはちょっと悪そうな笑顔。飯田くんの前で見せる笑顔とはまた違う、ずっと一緒にいた私だけに見せる、悪巧みをする時の笑顔。その笑顔でお姉ちゃんは小さく宣言する。まるでそれは、隠れ場所はバレてるぞ、と叫ぶ鬼役のようだった。

「もちろん。私は必ず遊びに行くし、いつも一緒にいると想ってるよ、燐」


煙と共に私は還る。約束だからね、ひかりお姉ちゃん。つぶやきは、風とともにかき消えていった。



 徒然なるままに、風鈴を聞きながら。夏の日のこと。


久留米 燐

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