(二)

 三時間目前の休み時間に、博美がつぶやく。

「まだ何も決めてないんだよね」

大丈夫なのだろうか。

 そして三時間目の授業、現代文が終わり、昼休みである。

「まとまってる?」

私は近づいてくる博美に声を掛けた。

「ああ、さっき決定した」

「はあ」

なんとなく不安に思いながら、彼女が椅子に座るのを見届けた。そして、私は椅子に座り直してから発表を促す。

「じゃあ、どうぞ」

「どうする、ためる?」

「面倒。普通に言って」

「はい。加恋には、童話作家になってもらいます」

「ええ」

予想外のことだったので、声が漏れた。童話作家。『赤ずきん』とか『白雪姫』とか『おおかみと七ひきのこやぎ』とか、そういうのを書く人。

「っていうか、ここ理系だし」

「大丈夫。たぶん賢治も理系だと思う」

―賢治?―

それを聞いて、彼女から童話作家という案が生まれた理由が分かった。

「まさか、さっきの授業から考えた?」

「うん。加恋に、この時代の宮沢賢治になってもらおうということです」

偶然今日の現代文の内容が『永訣の朝』だったことで、とんでもない役目を与えられることになってしまった。私は、罪の無い賢治に謝罪を求めたくなった。

「童話を書くの? 私が?」

「そう。文章の作り方は基本的にフリースタイルだと思う」

―フリースタイルという表現は適切だろうか―

と意味の無いことが気になった。

「原稿用紙は買ってあげるからさ」

「手書きなのね」

「手帳でも良いけど」

博美はできるだけ私を宮沢賢治に寄せたいらしい。原稿用紙は、高校に入ってから見ていない。作文の課題が任意になったからだ。やや懐かしいそれをもう一度使えるのは、ちょっとうれしいような気がした。

 私は

「じゃあ原稿用紙で」

としゃべっていた。

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