スポーツとAI審判(テクニカル・エリア外伝)

川野遥

第1話

 1月4日、冬の高校サッカー・選手権は準々決勝までが終わり、4強が決定した。


 ここまでは中1日の過密日程だったが、準決勝は1週間を置いた1月11日となる。


 1週間後であり、休養という点ではかなり大きい。


 もっとも、間隔が空きすぎてコンディションが狂うということもあるのだが。



 準決勝に進出した高踏こうとう高校も、一旦、宿舎を引き払って愛知に戻ることになる。


 ただし、監督の高校3年生天宮陽人あまみや はるとは夜の便で帰ることにしていた。


 都内の科学技術館に行くことにしていたからである。


「AIによるスポーツ判定……」


 中々気になるテーマである。



 AIのスポーツ分野への関与は今後ますます増えていくであろう。


 実際、陽人の指揮する高踏高校も、映像やデータ技術などを使うことで強くなっていった。選手のコンディション管理にもAIが関与するところは大きい。


 そして、今後は試合中の審判の役割もこなしていくことになるだろう。


 それがどのようなものになるのか、興味がある。



 ということで、チームバスとは別に地下鉄を乗り継いで科学技術館に到着した。


 チケットを購入し、中に入ろうとしたところで声をかけられた。


「あれ、おまえ、高踏高校の監督ちゃうか?」


 ギクッとなる。


 ここ2年ほどの実績……高校選手権優勝、インターハイ優勝、U17日本代表にコーチとして入り優勝……といったものがあるので、以前に比べると「サインください」というような声をかけられることは多くなった。


 マスクもしているし、都内の科学技術館でそんなことはないと思っていたが、甘かったのかもしれない。


「……?」


 後ろを見ると、ひょろっとした男がいる。背はかなり高い。185前後はあるだろう。


 そして目つきが中々鋭い。ファンが声をかけてきたという雰囲気はない。名前を呼び止められたのでなければ関わり合いになりたくないタイプの人間と見えた。


「あれ、高踏のサッカー部監督の……何やったっけ、天宮陽人とちゃうんかな?」


 関西弁で再度尋ねられた。


「……そうだけど。誰?」


 陽人はこんな男に見覚えはない。



「あぁ、そうか。会うのは初めてか。こっちはビデオで見とるから知ってる気になっとったけど」


 男は名刺……ではなく、学生手帳を取り出した。


大阪東陵おおさかとうりょう法上京一ほうじょう きょういちっちゅうもんや。名前くらいは聞いたことあるやろ?」

「大阪東陵……」


 学校名は知っている。


 つい先ほど、準々決勝で敗退した4チームのうちの一つだ。


 そこからの連想で、相手の名前も思い出す。


「あぁ、稲城希仁いねき あきひとの中学時代のライバルだったという……」



 高踏高校サッカー部の異色選手・稲城希仁。


 中学まではボクシングをやっていて日本王者になったが、あまりに強すぎて「高校では人を殺してしまうかもしれない」と親に競技転向を強く勧められ、サッカーにやってきた選手だ。


 その稲城と中学時代、一応対等に戦ったことがあるらしいのが法上らしい。


 といっても、対戦成績は稲城の3戦3勝だったらしいが。



「君もAIを見に来たわけ?」

「そうや。それが何か?」

「あ、いや……」


 ボクシングの判定もAIが行うようになるのだろうか。


(確かにパンチが当たった、当たっていないとかはAIの方が審判よりしっかり見ているわけか)


 そう思ったが、どうもそれだけではないようだ。


「ボクシングで一番まずいのは脳震盪や。脳震盪が起きたのか、そうでないのかをAIでしっかり分析していこうっちゅうわけや」

「ほう……そうなんだ」


 確かにボクシングは頭部を殴る競技である。


 脳震盪を起こした危険な状態で、更に何度も衝撃を受けると選手生命や生命そのものに関わる危険な状況に置かれかねない。


 ただし、脳震盪も程度がある。


 足がふらついて誰が見ても「これは脳震盪だ」と分かる状態なら、レフェリーは躊躇なく試合を止めるだろうが、軽度な状態ならば試合を続行できるかもしれない。


「AとBが試合をする、Aが圧倒的に勝っていて、最後のラウンドにAがちょっと脳震盪を起こしたかもしれん。そんな時に試合を止められるかって話や」


 止めたら、「不当な判定だ」と非難ゴウゴウになるだろう。


 しかし止めずにBの猛攻を受けたとしたら? 既に軽度とはいえ脳震盪しているにも関わらず?



「正常な人間の歩き方と、脳震盪を発生させた人間との歩き方、そういうのはやはり違うもんらしいからな。レフェリーが見るのは1日1試合やけど、AIは何十万何百万という試合を観るわけやから」

「脳震盪が良く分かるというわけね」


 昔、読んだボクシングの漫画にも、パンチドランカー……繰り返しになる脳震盪の症状が書かれていた。そういう典型的なものではない、もっと細かい部分から分かるということだろう。


 これが導入されれば、試合で事故が起きる可能性は減るのかもしれない。


「あと5年、希仁が年少だったらボクシングの危険性が減って、サッカーに移ることもなかったのかな」

「それはどうやろうなぁ。今後導入されるにしても、世界がどの程度まで導入するのか、日本が導入するのかっちゅう問題が出て来る。近年は安全志向が強いけれど」



 先ほど言ったような最終ラウンドで圧倒的に勝っている側が、軽度の脳震盪になったことでKO負けにすれば競技的にどうなのだという問題は出て来るだろう。


「アマは取り入れるけれど、プロはやらんっちゅう可能性があるかもしれん。また、ボクサーの待遇自体がお世辞にも良いと言えん状況で、AIにどれだけ金がかけられるかって話もあるわな。最近はみんなサッカーやろうけれど、貧困から逃げ出すために命懸けでボクシングなりムエタイなりやるって海外の子供もおるわけやし」

「……なるほどねぇ」


 そこまで大変なら、命をかけなくても済むサッカーでいいのではないか、という言葉も思いついたがそれは法上に対する禁句だろう。



 実際に中に入ると、野球とサッカー以外にボクシングに関する講義も含まれていた。


(どんなものか聞いたうえで希仁にも話をしてみるか……)


 陽人はそんな風に思い、まずは展示されているものを眺めることとした。


「君はどうするの?」

「とりあえずは、適当に見物やな。長いものには巻かれろと言うし、偉い監督さんについていくで」


 法上はついてくるつもりのようだ。


 面倒なことになったと思ったが、仕方なく、一緒に展示スペースに行くことにした。

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