第42話
馬の駆ける音と弓を引く音が心地よく鳴り響く中、私は様々な選手の試技を眺めていた。
みんな姿勢や射型が綺麗でかっこいい。
だが的中率でいうと、やはり春馬くんと海馬が(悔しいが例の女も)群を抜いて高い。
二人がかなり凄い人だったと気がつき、これまで半年間彼らの練習についていった自分を誇りに思えた。
だんだんと二回目の試技が近づいてきたので、私はスタート地点付近で肩を慣らしてストレッチをした。
時々ワアっと歓声が上がるので、私も同じ歓声を浴びようと心が躍った。いずれ自分に向かって浴びせられる拍手だと思い、私は集中力を高めていった。
スタート位置に入る前に遠くから春馬くんがギュッと拳を握って「がんばれ」とジェスチャーを送ってくれた。
私もグッと拳を握って返すとロクちゃんに騎乗した。
せっかくだから二本目は攻めてみよう。いつも通り戦っても彼らには勝てないし。
スタートの合図と共に、いつもより強めに馬銜を引いた。
いつもより速く駆け出し、私も集中して弓を弦にかけた。
タイミングを見計らって一本目を放ち、遅れて的に中った音が響く。
よし、行ける…!
続いて引いた二本目も的中させ、残すは三本目だけとなった。
ほんのわずかに弓を弦にかけるのが遅れてしまい、急いで引分けの動作に入った。
しまった、遅れる。急いで矢を放って駆けぬけたが、的に中った音は響かなかった。
外したか…。
悔しいけれど、次はいけるかもしれない。
一礼をして参道を出ると、次々と掲示されていく成績表を確認しに行った。
どうやら2回目の試技は11秒3とかなり良いタイムだったようだ。
順位もまだ7位とさほど落ちていない。
春馬くんが以前言っていたように、9本中7本以上あてることができれば全体の8位以内に入って入賞できるかしれない。
次ももっと攻めてみるか。
もうすぐ海馬の2回目の試技が始まるため、急いで記録の掲示板を後にすると参道が見える位置まで移動した。
ちょうど海馬の試技が始まったので、私は自然と両手をギュッと握って応援した。
一本目を見事にあてると、そのまま2本目も命中させた。
やはりそこらの人とは比べ物にならないくらいに綺麗に弓を引くので思わず視線を奪われる。
三本目も見事に命中させると、一礼して参道を離れた彼は珍しく大きなガッツポーズを見せた。
全中…。今のは凄い…!
タイムも10秒8と表示され、かなり調子がよかったことが伺える。
海馬もかなり順位が上がってくるだろう。
その後、春馬くんと中鶴朱音は何事もなく全中させて会場を沸かせるのであった。
暫定順位は春馬くんが一位で、あの女が二位。タイムの差が1.5秒あるため春馬くんが一位だが、どちらかが少しでも気を抜いたら大きく順位が変わる状況だ。
二回目まで6本をノーミスで全中させているのはこの二名だけだが、5中させている人は私と海馬を含めて7人いる。
タイムの差で海馬が暫定4位、私が7位なのだが、3位から8位までのタイム差が一秒しかない。
一本でも外せば順位争いから外れるため、かなり厳しい勝負だ。
最後の一本はこれまでの半年全てをかけた勝負になるだろう。
最終試技が始まると、自然と会場の雰囲気がガラリと変わった。
今までは命綱を装着して渡っていた一本橋を、最後は命綱なしで渡るような緊張感だ。
こういう緊張感は慣れていて、雰囲気を集中力に変えて戦うことが出来るからむしろありがたい。
私はそれぞれの選手の試技が終わる度に、選手が一礼して顔を上げた時の表情を眺めていた。かつて弓道の試合に出場していた時からの一種のルーティンだ。
特に何を思うわけでもないのだが満足そうな表情や悔し涙を浮かべる者を眺めていた。
ここまでで、現在
私が3本しっかり決めれ3位入賞の可能性が残っているので、ここは安全をとって確実に決めきるか。
最後のウォーミングアップを終えた私は、ロクちゃんをそっと撫でて彼女の背中に飛び乗った。
スタート位置について真っ直ぐ開かれた参道を眺めると、私は「とりあえず全部あてればいい」と自分に言い聞かせた。
もうあの時の自分は消え去っていて、今はどんなプレッシャーも感じなかった。
今の私ならいける。
スタートの合図と共に、私は思いきって馬銜を引ききった。
本来なら15秒以内に収まるスピード感で確実にあてれば良いだけだと頭では分かっていたが、体が勝手にそれじゃダメだと訴えてくる。
今まで練習でも出したことのないスピードで駆け出すと、私は半年間で何千回と練習してきた弓裁きを落ち着いて行った。
一本目が中ったのは、弓を引いた瞬間に感覚でわかった。
すぐさま二本目の矢を弦にかけると、持ち前の集中力でタイミングを見計らって、ここぞという時に放った。
二本目がどうだったか知る暇もなく三本目の矢を構えると、わずかな間でこの半年の記憶がよみがえった。
もう二度と弓なんて引かないと思っていたこと。
突然誘われたと思えば所見で流鏑馬を行ったこと。
何度も3人で練習したこと。
早気も克服できたこと。
そして初めて春馬くんが流鏑馬を見せてくれた始まりの一射と、今の私の姿勢がバッチリ一致して、私は思い切って矢を放った。
「はぁ…。はぁ…。」
最後に銜を引いてロクちゃんを止めると、私は地面に降りて振り返り一礼をした。
パッと顔を上げた瞬間、三本全てが的に突き刺さっていることに気がついた。私は表情をグッと堪えてその場を離れる。
春馬くん、これでもまだ優勝するつもり…?
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