第37話
「じゃあね、また明日!」
呆然と立ち尽くす私を背景に、一年生の女の子たちはいつも通り友達と挨拶をして帰宅していった。
彼女たちは明日も明後日も、変わらずここで別れの挨拶を告げるのだろう。
無邪気に笑う姿が微笑ましく感じられた。
やがて彼女たちがいなくなると、私は自分の足元に視線を向けた。
わたし、東京に帰るのか。
ぼんやりと歩いて弓道場に戻ると、二人はニヤニヤと笑いながら私を待っていた。
「なんの説教だったか?」
「意外と長かったですね。」
何があったのか知らない二人は、いつも通り優しく話しかけてくるので、私は寂しさを隠すように笑った。
「違う…!大学だよ。指定校とれたの!」
「おお、おめでとうございます!」
海馬は両手を叩いて喜んでくれた。
「結局どこに行くことになったんだ?」
「
春馬くんはそっけなく「そっか、おめでとう」と祝ってくれた。
嬉しいことのはずなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。
「やっと練習に集中できるし、これからも頑張るね!」
出まかせの言葉で笑って誤魔化したが、目の奥は笑えていないのは自分でもわかった。
家に帰ると、私は祖父母に合格を報告した。
二人とも自分事のように喜んでくれた。もともとは東京の家族から逃げてここに来たわけだから、私が東京に戻るという事実も前向きにとらえてくれた。
両親や姉に報告すると、彼らもちゃんと喜んでくれた。
姉は私がいなくて寂しかったようで、鬱陶しいほど長文のLINEを送り付けてくるのであった。
ついでの機会だと思って、私は流鏑馬の全国大会について両親に話した。
二人とも「おめでとう」と淡泊なメッセージを返してきたが、どんな形であれ弓を引いていることは喜んでくれた。
高校の同級生も、私が東京に戻ると聞くなりみんな祝福してくれた。
全てがまるく収まっているはずなのに、心の片隅ではどうも落ち着かなかった。
別に東京に帰るだけなのに、なんでこんなに寂しいんだろう…。
一人で布団に入りながら私は寝る気はなかったが瞳を閉じた。
東京に行ったら、私は何をするんだろう。
何度か調べてみたものの、東京で毎日のように弓を引ける場所は当然なかった。
この先の人生に流鏑馬が待っていないと考えると、複雑な気分になるのであった。
そしてようやく、春馬くんが口にした「何のために弓を引くのか」を理解する。
もう二度と流鏑馬ができなくなるのと引き換えに、残りの一ヶ月は私の人生全てを懸けよう。
その後一ヶ月は、飛ぶように過ぎていく中で飛躍的に実力を伸ばした。
速度と矢が中る瞬間が感覚的にしっくり来るようになってから、安定した的中率を出せるようになった。
気がつけば大会まで一週間を切り、今週は月曜に学校の弓道場で練習をして、水曜に最後の実践練習を行った。
いつも通り仁藤神社にたどり着くと、私たちは急いで装束に着替えた。
9月下旬からは本番を意識した装束衣装での練習が始まったのだが、衣装の方はとても気に入っている。
サイズ感的に二人のおさがりが着れたので、良い感じに組み合わせて紫を基調にした装具一式となっている。。
日が短い時期となり、すぐに辺りは真っ暗になってしまうので、すぐに騎乗練習にとりかかった。
今日は本番同様のルールで練習をした。
三本射るのを順番に3セット、合計9本の得点制だ。
いつもは弓を引く時だけ集中している節があるが、きょうはそれなりに緊張感がある練習だった。
結果、春馬くんと海馬は全中。私は8本だったが、感覚としては悪くなかった。
「本番で全中を出せるのは滅多にいないから、7本以上あてたら上出来だ。タイム次第では入賞もあり得る。」
あの春馬くんすら全中は出来ないだろうと口にしているので、やはり練習と大会では大きく環境が異なるのだろう。
「結月さんが全中したら、俺たちが困りますから…。」
海馬も頷くので私も落ち着いた状態でいられた。
「流鏑馬では勝てなくても、大会の経験値なら負けないよ。」
本当は自分自身が誰よりも勝ちに飢えていることには気がついている。
「二人に勝ちにいくから。」
そう言って順に彼らと目を合わせると、彼らも笑い返してくれた。
最大の味方が最大のライバルになる瞬間を、心の底から待ち焦がれるのであった。
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