第35話

「あ、いや…。別に一人で練習するから…。」


正直に言うと一人で弓を引きたい気分だった。

こういう時は、一人で集中して納得いくまで練習したい。


しかし春馬くんは引き下がらなかった。


「ほっといたら、お前いつまでも練習続けるだろう?」


ぐっ…。バレている。


彼は階段に腰を下ろすと、横にどうぞと言うように手をポンと叩いたので、私も黙って隣に座った。


「さっきの騎射は姿勢が崩れていただけだ。姿勢を直せば解決する話だ、気にすることない。」


「そうかな…。」


浮かない顔をする私に春馬くんはズバリ言った。


「的に中らないことより、一本も外せないことが怖いって思ってるだろう?」


完璧に言い当てられた気がして、思わずゴクリと唾をのんだ。


「全中させるのが私の仕事だったからさ。いつも、何本中てたかじゃなくて、全中かそうじゃないかしか考えてこなかったし。」


春馬くんは「なるほどな」と呟いた。


「結月の話はよくわかんないけど、俺は流鏑馬ってこう見えて団体戦だと思ってる。」


彼は何を伝えたいのだろうか。私は、じっと彼の顔を見つめて黙って頷いた。


「今となってはただのマニアックな趣味だけど、そもそも流鏑馬って武士が戦う時の戦闘方法だろう?だから何本中てたかじゃなくて、何のために弓を引くのかが一番重要だと思ってる。」


そういえば、流鏑馬の長い歴史のことは考えたことがなかったかも。


「戦いにおいて味方に良い流れを運べたら、それで十分だと思うんだ。的に何回中ったかは結果論で、その時の自分にとって一番攻めた騎射ができるかが大切だと思う。」


春馬くんの強さの秘訣が分かった気がする。


「流鏑馬に守りは無いんだ。守りたいなら否応なしに攻めるしかない。それが自分と仲間のために引いた弓なら、たとえ中らなくたって意味があると思う。」


始めて、肩の荷を下ろしても良いと言われた気がした。

今までずっと呪縛のように取りつかれていたプレッシャーから解放された気がする。


「なんか、安心した…。ありがとう。」


「別に。俺は何も…。」


彼はボソボソと言うと、頭を搔きながら続けた。


「あのさ、全国大会で俺が優勝したら、お願い一つ聞いてほしい。」


私は思わずクスリと笑った。ご褒美をねだる感じが海馬とそっくりだ。


「なに?優勝は譲らないってこと?」


「あ、いや、そんなつもりじゃ…。いや。それもあるけど…。」


不器用なのか不器用じゃないのかわからない感じがかわいい。


「いいよ。優勝したら、なんでも一つお願い聞いてあげる。でも、私が優勝したら私のお願い聞いてほしい。」


「望むところだ!」


彼はパアッと表情が明るくなった。


もし、もし万が一私が勝つことがあったら。


何をお願いしようか。

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