第16話
「結月先輩あした時間ありますか?勉強教えてほしいです。」
海馬からそんな連絡が来たのは七月上旬のことだった。
テスト二週間前となり、部活が活動停止なので時間はたっぷりある。
「空いてるよ」
テスト前に一緒に勉強か。なんか高校生らしい。
東京にいた頃は、家に帰っても父の道場で弓を引いていた。テスト勉強は合間をぬって少し行っていたくらいで友達と勉強なんて機会がなかった。
「場所は家でいいですか?神社のすぐ横です。」
仁藤神社の横に大きな屋敷があることは気がついていたが、やはり彼らの自宅だったようだ。
「もちろん」
私で役に立てるかは分からないが、せっかくのお誘いだし高校生らしいことをしてみよう。
次の日の放課後、私は彼らと一緒に自宅へ向かった。
私の祖父母の家ですら祖父・祖母・私とそれぞれの部屋があっても2部屋空いているのだが、春馬くんの家に関しては空き部屋二つに加え、宴会場のような大広間も空いているようだ。
廊下も長いし、庭は広いし、話し出すとキリがないがとにかく大きかった。
勉強は海馬の部屋ですることになったので私たちは二階に上がった。
「お邪魔します。」
部屋は16畳くらいある和室だった。高校生男子の部屋だから、それなりに散らかっているのだろうと思っていたが、かなりものが少なく整っていた。
「意外とキレイなんだね。」
「ちょっと、意外って何ですか…!」
へへっと笑ってみせると、私たちはさっそく問題集や教科書を広げるのであった。
勉強の方はそこそこはかどった。私はガツガツと数学のワークを終わらせて物理の教科書を開いた。
春馬くんは文系で日本史選択らしく、一生懸命に徳川15代将軍を唱えている。
海馬はというと、数学のワークを開いてうとうとしていた。
「何やってんだ」と言いながら春馬くんはポコンと彼の頭を叩いて起こした。
「あ…。問題わからなくて、気がついたら寝ていました。ここ、どうするんですかね?」
海馬は二次関数の定義域の問題を解いていたようだ。
「これは場合分けすれば解けるね。」
図を描きながら少しずつ説明すると、彼も理解したようで最後の方は自分で解いていた。ワークも数ページ進んだようなので良かった。
一時間が経過し、そろそろ休憩しようと思い窓の外を見ると雨が降っていた。
「雨降ってますね…。」
海馬も気が付いたようで、窓の外に視線をやった。
「けっこう降ってるな。予報で降るって言ってたっけ?」
春馬くんはスマホを取り出して天気予報を確認し始めた。
「いや…。私、自転車で来ちゃったし、傘も持ってない…。」
机の上に置かれた春馬くんのスマホを三人で覗き込んだが、天気予報は『曇り』と表示されたままだった。
今後も曇りが続き、九時以降に雨が降る予報だったので油断していた。
「ちょっと待てば止むんじゃないか?」
春馬くんの言葉に「そうだね」と頷き、もう少しだけお邪魔させてもらうことにした。
「じゃ、結月さん。英語教えてください!」
「もちろん!」
雨音に包まれながら、気を取り直してもう一度集中することにした。
不幸にも、時間が経つごとに雨は強まっていった。
再び天気予報を確認すると、どうやら日付が変わるまで雨は降り続くとのことだった。そろそろ六時を回りそうだというとで、夕飯の時間もあるし諦めて帰るしかなさそうだ。
そうとなれば急いで帰ろうということで、二人は鞄をビニール袋でぐるぐる巻きにして防水仕様にしてくれた。おまけにカッパまで借してもらえたので、なんとかなりそうだ。
「悪いな。雨のなか帰すなんて…。」
「気をつけてくださいね…。」
二人そろって眉をハの字に下げているのが可愛かった。
「全然!気にしないで。雨なんて予想できないし。それじゃ、また今度!」
田舎特有の広い玄関で見送られ、家を出ようとした時の事だった。
「ただーいま!」
二人のお母さんが帰ってきたようだ。
「あら!もしかして結月ちゃん?久しぶり!」
彼女はすぐに私だと気が付いてくれた。今日も相変わらず元気だ。
「すみません…!お邪魔してました。私はこれで失礼しますので…。」
お辞儀をして外に出ようとすると、彼女は「ちょっと待った!」と私を引き留めた。
「こんな雨降ってるのに?少なくとも、結月ちゃん一人で帰そうとするなんて信じられないんだけど!」
彼女はそう言って春馬くんたちに視線をやった。
春馬くんは私に口パクで「ごめん」と呟く。
「明日土曜日で学校ないし、良かったら泊まっていって!」
「ちょっと…!それは!」
私よりも早く驚いたのは海馬だった。
「何よ。こんな状況で帰宅して事故に遭ったりしたらどうするの!誘拐かもしれないし。とにかく一人では帰さないこと!」
「私は平気ですので…。」
私も大丈夫なのでと念押ししたが、お母さんはすでにその気だった。
「今日、スーパー寄ってきて正解だったわ。夜ご飯は親子丼ね。結月ちゃん、好き嫌いある?」
彼女はそう言うなり、私の返事を待たずにリビングへ向かっていった。
「すまない。うちの母さん、その気になったら面倒なんだ。今日、泊まって行ってくれないか?」
春馬くんがそう言うと、海馬は「お兄ちゃんまで…!」と焦った。
まあ、正直この雨のなか一時間近くかけて帰宅するのは面倒ではある。
「本当にいいの?」
「母さんその気だし。これでお前が帰ったら、たぶん俺たちが怒られるし。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。お邪魔します。」
私はもう一度靴を脱いで、玄関を上がった。
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