第7話
顧問のおじいちゃん先生のおかげで、流鏑馬同好会の創設は無事に学校で承認された。
活動は基本的に月・水・金。月曜と金曜は
流鏑馬の練習は楽しみなのだが、水曜日の弓道稽古は憂鬱だった。そもそも弓道は引退すると心に誓っていたわけだし、弓を引く気分にもならない。
もう高校三年生で受験生だし、水曜日は塾にでも行こうか。田舎だから近所に学習塾など存在しないことは分かっているが、正当な言い訳がほしかった。
ありがたいことに、最初の二週間は弓道場となる裏山の整備から始まった。
的を張り替えたり、ガードのすのこやネットを付け替えたりして、いわゆる安土と呼ばれる簡易の的となるエリアを整えた。
一番大変だったことは、矢道の雑草を処理することだった。
弓を射る射位から的までの開けた部分となる矢道は、矢の紛失防止のため全ての雑草を抜くことになったのだ。なかなかの生い茂り具合だったので、どうにかしないと集中できないのも想像がつくが、田舎の山は一筋縄ではいかない。
十年以上も放置されていたせいで雑草はかなりしぶとく根付き、なにより虫が多すぎる。虫は苦手ではないが、さすがに上下長ジャージに軍手の完全装備で挑んだ。
遠的競技のためにも60メートル区間を整備しなければならないのが結構つかれる。黙々と作業するのも酷なので、この辺りで一番近い映画館はどこだとか、学生が集うファミレスはどこだとか有益な情報を教えてもらえながらひたすら雑草を抜いた。
「ここが整備されて三人で弓道を始めたら、新しいメンバーも増えますかね?二人が卒業したら部員は俺一人になるから、せっかく創設したのにもう廃部の危機ですよ…。」
海馬はそう言って抜いた雑草の山をぼーっと眺めていた。
「弓道は結月先輩が一番勧誘の戦力になるのでよろしく頼みますよ!」
「あっ…。うん。」
とりあえず頷いておいたが、弓を引くつもりはなかった。
海馬は私が弓を引かない事をまだ知らないようだ。
都合の良い情報だけを伝えておいてくれた春馬くんがありがたくも、もどかしく感じられた。
それから数十分が経って、無事に弓道場の整備が終わった。
「ようやく来週からここで活動だな」と春馬くんも笑顔を浮かべたので、水曜の練習は休みたいと伝えられるような雰囲気ではなかった。
なにかの間違えで、環境が変われば弓道ができるようになるかもしれないし、まだ期待は捨てないでおくか。
淡い期待を寄せながら、次の水曜日を迎えるのであった。
水曜日
そんなつもりではないはずなのに、無意識のうちに鞄に袴を入れている自分には、何となく期待できた。
弓は学校に置いてあるものを使ってよいということなので、あとは放課後に弓道場に向かうだけだった。
その日の授業は一段と集中できなかった。普段から授業は聞いていなかったが、今日はより内容が頭に入ってこなかった。午前中の授業はずっと窓から裏山の方角を眺めていた。
なにを血迷ったのか、早めにお弁当を食べ終わった私は昼休みに一人で裏山に向かった。
誰もいないことを確認した私は弓を持たずに弓を射る自分をイメージした。
瞳を閉じた私は、足踏み・胴造りと射法八節を再現していく。ゆっくりと瞳を開いて弓構えの姿勢を作り、両手を上げて打起こしまで流れるように進んだ。
あとは弓をゆっくりと引いて、引き分けを完成させて…。
その瞬間、当時の監督の声が頭をよぎった。
「決勝までは20のうち15中を目標にしよう。結月は個人で中てることだけ考えていればいい。」
団体戦なのに、いつも私だけ一人で戦っていた。
続けて友達の声が蘇る。
「結月がチームメイトでほんとに良かったよ!私たちは結月のおかげで緊張しないで気楽に弓道できてるけどさ…。」
弓って気楽に引けるものなんだ。
私は全部中てないと居場所がなくなるのに。
「百発百中って、本当にすごいよね!個人戦もかっこよかったよ。やっぱり全中させてこそ結月。」
だって、こうやって全中させることでしか期待されないし。
「まあ、結月から弓道とったら何も残らないし…?」
これはいつも自分で言っているやつ。自身にプレッシャーをかけるために冗談交じりで言っていたし、今まで友達に言われてもなんとも思わなかったのだが…。今になって、自分が放ったこの言葉の意味を初めて本当に理解できた気がした。
「今日もよろしくね!じゃ、みんな頑張ろう!」
他人事だな、と思った。
そして父の言葉が蘇る。
「中てた本数が、お前の存在証明だ。」
その瞬間、一気に全身の力が抜けて膝から地面に崩れ落ちた。
やっぱり、弓を引くなんて無理だ…。
その日の午後、私は記念すべき弓道場の初回練習を休んだ。
『眼科に行くから』と適当な理由を流鏑馬同好会のグループLINEに送りつけると、二人とも特に気にすることなく『おだいじに』『じゃ、金曜日。』と返信してくれた。
優しい二人を裏切るような真似をしたことが申し訳なかったが、弓を引くよりもマシだと自分に言い聞かせた。
全中させられない私には、弓を引く意味なんてないから…。
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