第14話 たった一人の朝



 ピピピピピ……


 目覚まし時計が鳴っている。いつもの朝のはずなのに、何かが違う。


 静かだ。


「レックス?」


 返事がない。


「おい、レックス! 寝坊か?」


 翔太は枕を投げた。いつもなら「うるさい脳筋!」と怒鳴り返してくるのに。


 枕は、むなしく壁に当たって落ちた。


「レックス……?」


 ベッドから飛び起きる。机の下、クローゼット、ベランダ。どこを探してもいない。


 代わりに、机の上に焦げた紙切れがあった。手が震える。


『翔太へ

 部屋、片付けといたぞ。

 漫画は巻数順、ゲームはアイウエオ順。

 あと、夏休みの宿題のヒント、ノートに書いといた。

 

 PS. カレーパン代、ツケにしといて』


 最後の一文で、涙が溢れた。


「バカ野郎……最後まで……」


 朝食を食べようとしたが、味がしない。母親が心配そうに見ている。


「翔太、大丈夫?」


「う、うん……」


 でも、大丈夫じゃない。


 妹のユイが近寄ってきた。


「お兄ちゃん、レックスは?」


「……出かけてる」


「そう……」


 ユイは何か察したようだった。小さな手で、翔太の手を握ってくれた。


 学校への道のり。いつもレックスとふざけ合いながら歩いた道が、ただの通学路になっていた。


 商店街のおじさんが声をかけてきた。


「おう、翔太! 今日は一人か?」


「あ、はい……」


「そうか……最近、一人の子が増えたなぁ」


 おじさんも寂しそうだった。


 学校に着くと、まるでお葬式みたいだった。


 昇降口で、一年生の女の子が泣いていた。手には空のギア・コア。


 廊下では、上級生たちが無言で歩いている。


 教室に入ると、半分以上の席が空いていた。


「おはよう……」


 誰も返事をしない。みんな、自分の机を見つめているだけ。


 G-COREのメンバーも、全員が一人だった。


 レイナは窓の外を見つめている。いつもならヴァルキリーが「お友達に挨拶しなきゃ!」とうるさいのに。


 ショウは机に突っ伏している。ファングの心配そうな声が聞こえない。


 ミナは教科書を開いているが、ページをめくる手が止まっている。ルナのいたずらを注意する必要がなくなったから。


 タケルは、いつも通り無言だ。でも、その手がずっと震えている。ガイアを抱きしめていた腕が、空を抱いている。


 山田先生が教室に入ってきた。目が赤い。


「みんな……今日は……」


 先生も言葉に詰まった。


 一時間目、誰も授業を聞いていなかった。


 二時間目、ミナが泣き出した。レイナが慰めようとしたが、自分も泣いていた。


 三時間目、ショウが机を叩いた。


「くそっ! なんでだよ!」


 誰も止めなかった。みんな同じ気持ちだったから。


 給食の時間。いつもならギアたちも一緒に騒いでいたのに、今日は人間だけ。


 翔太は、レックスの好きだった激辛カレーパンを見つめた。


「食べたかったよな……」


 一口かじって、涙が出た。辛いのか、悲しいのか、もう分からない。


 昼休み、屋上に上がった。


 空は青い。雲が流れている。世界は何も変わっていない。


 でも、翔太の世界は、半分が欠けていた。


「レックス……どこ行ったんだよ……」


 スマホが鳴った。ゼロからのメッセージ。


『決勝戦、来い。来なければ、永遠に会えなくなる』


 どういう意味だ?


 でも、翔太の中で何かが動いた。


「行く」


 一人でも、行く。


 レックスがいなくても、行く。


 それが、相棒との約束だから。

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