第3話 氷の女王は心配性!?



 朝の保健室。翔太がレックスを預けに来ると、修羅場が展開されていた。


「レイナちゃん! 今日もまた肉ばっかり! 野菜は!? 野菜はどこ!?」


 ヴァルキリーが、レイナの弁当箱を掴んで大騒ぎしている。


「うるさい。肉が好きなの」


 レイナは本を読みながら、素っ気なく答えた。


「好きとか嫌いとかの問題じゃないの! 栄養バランスが! 成長期の体が! 将来の健康が!」


「知らない」


「知らないじゃないわよ!」


「知らないじゃないわよ!」


 ヴァルキリーは急にレックスに振り返った。


「レックスさん! レイナちゃんに言ってあげて! 野菜も大切だって!」


「は? なぜ俺が」


「だって男の子の意見なら聞くかもしれないし!」


「聞かないわよ」


 レイナは即答した。


「ほら見ろ」


 レックスは我関せずの態度だったが、ヴァルキリーは諦めない。


「翔太くん! あなたからも!」


「え、オレ!?」


 翔太は困った。正直、野菜より肉の方が好きだ。


「えーと……まあ、好きなもん食えばいいんじゃね?」


「翔太くん!」


 ヴァルキリーが裏切られたような顔をした。


「そんな! みんなして! レイナちゃんの健康を心配してるのは私だけなの!?」


「心配しすぎなのよ、ヴァル」


 レイナがため息をついた。


「私は大丈夫。一人でも平気」


「平気じゃないわ! 昨日だって、一人で図書室にこもって、お昼も食べないで――」


「ヴァル!」


 レイナが声を荒げた。珍しく感情的だ。


「余計なお世話よ。私のことは放っておいて」


 重い空気が流れた。


 ヴァルキリーの目に、涙が浮かんだ。


「ご、ごめんなさい……」


 小さくなってしまったヴァルキリーを見て、翔太は何か言おうとした。でも、レックスが制した。


「放っておけ。他人の問題だ」


「でも――」


「相棒同士の問題に、部外者が口を出すべきじゃない」


 昼休み。翔太は一人で屋上に向かった。保健室の雰囲気が重すぎて、いたたまれなかったのだ。


「あれ?」


 屋上には先客がいた。レイナが一人で、フェンスにもたれて空を見上げている。


「……何」


「いや、別に」


 翔太は隣に座った。しばらく無言の時間が流れる。


「……ヴァルがうるさくてごめんなさい」


 突然、レイナが口を開いた。


「え?」


「朝の騒ぎ。迷惑だったでしょ」


「別に。むしろ楽しかったけど」


 レイナは翔太を見た。


「楽しい?」


「だって、仲良しじゃん。羨ましいよ」


「仲良し……」


 レイナは苦笑いした。


「違うわ。ヴァルは一方的に心配してるだけ。私は……」


 言葉が途切れた。


「私は、一人の方が楽なの」


「ホントに?」


 翔太の真っ直ぐな問いかけに、レイナは答えられなかった。


 その時、屋上のドアが勢いよく開いた。


「レイナちゃん!」


 ヴァルキリーだった。息を切らしている。


「探したのよ! お昼ご飯――」


「いらない」


 レイナは立ち上がった。


「一人にして」


「でも――」


「うるさい!」


 レイナが叫んだ。


「いつもいつも! 私のためって言いながら、結局自己満足でしょ!?」


「そ、そんな……」


「私は一人でも大丈夫なの! 友達なんていらない! ヴァルも……いらない!」


 ヴァルキリーの顔が、真っ青になった。


「レイナちゃん……」


 涙がポロポロとこぼれる。ヴァルキリーは、そのまま走り去ってしまった。


「あ……」


 レイナも自分の言葉に驚いたようだった。でも、もう遅い。


「……最低ね、私」


 小さくつぶやいて、レイナも屋上を去った。


 残された翔太は、頭を抱えた。


「どーすんだよ、これ……」


 放課後、大変なことが起きた。


 校庭に巨大な氷の怪物が現れたのだ。暴走ギアだった。


「なんでまた学校に!?」


 翔太はレックスと共に駆けつけた。ショウとファングもいる。


「データ分析完了。氷属性の暴走ギア。戦闘力は前回の1.5倍」


「そんな細かいことはどーでもええ!」


 ショウが叫んだ。


「とりあえず止めなあかん!」


 でも、氷の暴走ギアは手強かった。氷の壁を作り、氷の矢を放ち、二人を寄せ付けない。


「くそ! レックスの炎でも溶けねぇ!」


「当然だ。相性が悪い」


 その時、レイナが現れた。でも、ヴァルキリーの姿がない。


「氷川! ヴァルキリーは!?」


「……来ないわ」


 レイナは俯いた。


「私が、ひどいこと言ったから」


 暴走ギアが、レイナに狙いを定めた。巨大な氷の槍が放たれる。


「危ない!」


 翔太が飛び出そうとした、その瞬間――


「レイナちゃあああん!」


 ヴァルキリーが、どこからともなく現れた。レイナを庇って、氷の槍を受け止める。


「ヴァル!?」


「大丈夫……これくらい……」


 でも、ヴァルキリーの鎧にはヒビが入っていた。かなりのダメージだ。


「なんで……私、あんなひどいこと言ったのに」


「だって……」


 ヴァルキリーは痛みに顔を歪めながらも、微笑んだ。


「レイナちゃんが、大切だから」


 レイナの目から、涙があふれた。


「ヴァル……ごめん……ごめんなさい……」


「ううん、私こそ……押し付けがましくて……」


「違う! 私が素直じゃなくて……本当は、ヴァルがいてくれて嬉しかった」


 二人が抱き合った。その瞬間、不思議なことが起きた。


 レイナとヴァルキリーの間に、銀色の光が生まれたのだ。


「これは……」


 レックスが驚いた。


「感情の同調……いや、これは」


「二人の心が、一つになってる」


 翔太にも分かった。レイナとヴァルキリーの想いが、目に見える形で現れている。


「ヴァル、もう一度……一緒に戦ってくれる?」


「もちろんよ、レイナちゃん!」


 二人は手を取り合った。銀色の光が、さらに強くなる。


「行くわよ!」


「はい!」


 二人が同時に叫んだ。


「「フローズン・ヴァルキリー!」」


 ヴァルキリーの全身が輝き、巨大な氷の翼が生まれた。でも、暴走ギアの氷とは違う。美しく、気高い氷だ。


「すげぇ……」


 翔太が呆然と見守る中、ヴァルキリーは暴走ギアに突撃した。


 氷と氷がぶつかり合う。でも、ヴァルキリーの氷の方が強かった。暴走ギアの氷が、次々と砕けていく。


「これが、私たちの力!」


 レイナが叫ぶと同時に、ヴァルキリーが最後の一撃を放った。


 暴走ギアは粉々に砕け散り、小さなコアに戻った。


「や……やった」


 レイナは膝をついた。ヴァルキリーも疲れ果てて、レイナに寄りかかる。


「レイナちゃん、ごめんね。心配しすぎて」


「ううん、私こそ。素直になれなくて」


「でも、分かったわ」


 ヴァルキリーは微笑んだ。


「レイナちゃんのペースを大切にする。でも、困った時は頼ってね」


「……うん」


 レイナも微笑んだ。いつもの冷たい表情とは違う、暖かい笑顔だった。


 夕方、みんなで帰る道。


「なあ、レイナ」


 翔太が話しかけた。


「さっきの技、すげぇかったぜ」


「……ありがと」


 レイナは少し照れたように俯いた。


「でも、あれは私一人じゃできない。ヴァルがいてくれたから」


「そうよ!」


 ヴァルキリーが嬉しそうに飛び跳ねた。


「二人なら、なんでもできるわ!」


「調子に乗らないの」


 でも、レイナの声は優しかった。


 レックスが翔太に小声で言った。


「ああいうのを見ると、我々も頑張らねばな」


「お? 珍しく素直じゃん」


「……うるさい」


 でも、レックスも満更でもない様子だった。


 帰り道、ヴァルキリーがまた始めた。


「そうだ! レイナちゃん、明日のお弁当は野菜多めにしましょう!」


「また始まった……」


「だって、健康は大事よ!」


「分かった分かった。少しだけ増やすから」


「本当!? 約束よ!」


 二人のやり取りを見て、みんなが笑った。


 氷の女王と心配性の騎士。


 ケンカもするけど、それだけ想い合ってる。


 本当の相棒とは、こういうものなのかもしれない。

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