第2話 朝からドタバタ!ギアと登校


 ピピピピピ!


 目覚ましが鳴る。翔太は無意識に手を伸ばして止めようとした。


 ドゴォォォン!


「ぎゃああああ!」


 凄まじい爆音と共に、目覚まし時計が木っ端微塵に吹き飛んだ。破片が天井に突き刺さり、焦げた匂いが部屋に充満する。


「何すんだバカヤロー!」


 翔太は飛び起きて、煙の向こうに立つレックスを睨みつけた。


「朝から五月蝿い」


 レックスは悪びれもせず、欠伸をしている。


「目覚ましは必要だろ! つーか天井に穴開きかけてんぞ!」


「知らん」


 壁の時計を見る。七時五十二分。


「げぇっ! 遅刻確定!」


 翔太はパンツ一丁のまま制服に飛び込んだ。シャツは裏返し、ボタンは掛け違い、靴下は左右別々。


「相変わらず無様だな」


「うるせぇ! お前のせいだろ!」


 ドタドタと階段を駆け下りる音。そして――


「翔太ああああ!」


 母・美咲の怒声が響いた。


「また何か壊したわね!? 昨日の今日で!」


「ち、違う! これは不可抗力で――」


 美咲がリビングに入ってきた。そして、堂々とテーブルの上で朝食を食べているレックスを発見した。


「……」


「……」


「朝食、美味しいですね」


 レックスが他人事のように言った。


「ペット禁止! 昨日も言ったでしょ!」


「だからペットじゃねぇって!」


「黙らっしゃい!」


 母の鉄拳が翔太の頭に炸裂した。


「いてぇ!」


「今日中に保健所に連れて行きなさい!」


「保健所!? 殺す気かよ!」


「じゃあ野に放つ!」


「それも無理だろ!」


 親子の言い争いを、レックスは我関せずで見ていた。それどころか、翔太の朝食のパンを勝手に食べている。


「おい! オレの朝飯!」


「脳筋には必要ない。筋肉だけで生きていけるだろう」


「んなわけあるか!」


 結局、朝食抜きで家を飛び出すことになった。レックスを小脇に抱えて、全速力で走る。


「なんで俺がこんな目に……」


「自業自得だ」


「お前が目覚まし壊すから!」


「お前が夜中まで『最強のギア使いになる』とか言って、影踏みしてたからだろう」


 昨夜、翔太は興奮して眠れず、夜中の三時まで一人で特訓していた。レックスは呆れて先に寝たが、うるさくて起こされた。


 学校の門で、いつもの光景が待っていた。


「天城! また遅刻か!」


 生活指導の鬼塚先生が仁王立ちしている。


「す、すみません!」


「ってなんだそれは! 動物持ち込みは校則違反だぞ!」


 鬼塚先生がレックスを取り上げようと手を伸ばした瞬間――


 ボッ!


「ぎゃあああ! カツラが! 俺のカツラが燃えてる!」


 鬼塚先生は頭を押さえながら、池に向かって走っていった。


「レックス! やりすぎ!」


「触ろうとしたからだ」


「でもカツラは関係ないだろ!」


「……カツラだったのか」


 教室に滑り込むと、すでに一時間目が始まっていた。担任の山田先生が、困った顔をした。


「天城くん、遅刻は――」


「すみません! えーと、レックスをカバンに!」


 翔太は慌ててレックスをランドセルに押し込もうとした。


「待て! 何をする!」


「いいから入れ! バレたらヤバい!」


「狭い! 暗い! 昨日の給食袋が臭い!」


「我慢しろ!」


 ギュウギュウに押し込んで、なんとかフタを閉めた。でも、ランドセルが不自然にモゾモゾ動いている。


 国語の時間。山田先生が黒板に向かっている隙に、ランドセルから声が漏れてきた。


「……殺す気か……」


「(小声で)もうちょっとの辛抱だ!」


「……酸欠で死ぬ……」


 その時、隣の席の女子・花子が翔太のランドセルを不思議そうに見た。


「翔太くん、カバン動いてない?」


「き、気のせいだよ!」


「でも今、声が――」


 ガタン!


 ランドセルが大きく跳ねた。もう限界らしい。


「天城くん?」


 山田先生が振り返った瞬間――


 バリバリバリィ!


 ランドセルが内側から破壊された。レックスが、怒り狂った顔で飛び出してきた。


「死ぬかと思った! 昨日の焼きそばパンと密着して! しかも消しゴムが鼻の穴に!」


 教室が凍りついた。


 三秒後――


「ぎゃあああ!」


「ドラゴンだ!」


「本物のギア!?」


 教室がパニックになった。女子は悲鳴を上げ、男子は興奮して机の上に立つ。


「すげぇ! 触らせろ!」


「写真撮らせて!」


「ギア飼ってたの!? ずるい!」


 みんながレックスに群がってくる。特に女子の勢いがすごかった。


「きゃー! かわいい!」


「ツンデレドラゴンだ!」


「お持ち帰りしたい!」


 レックスは人波に揉まれて、顔が青くなっていく。


「や、やめろ! 触るな! 俺はぬいぐるみじゃ――ひぃ! 尻尾を引っ張るな!」


「みんな! 落ち着いて!」


 山田先生が必死に止めようとするが、興奮した小学生三十人を一人で制御するのは不可能だった。


 その時、教室のドアが勢いよく開いた。


「うるさいぞ! 隣のクラスまで聞こえてる!」


 入ってきたのは、隣のクラスの氷川レイナだった。学年一の秀才で、誰もが一目置く存在だ。


「あら」


 レイナは状況を一瞬で把握した。そして、腰に手を当てて冷たく言い放った。


「幼稚園じゃないんだから、静かにしなさい」


 その一言で、教室がシーンとなった。レイナの迫力に、みんな気圧されたのだ。


「氷川さん……」


 山田先生も助かったという顔をした。


 レイナはツカツカと歩いてきて、人だかりの中心にいるレックスを見た。


「ギアね。誰の?」


「お、オレの……」


 翔太が手を挙げると、レイナは呆れたように首を振った。


「案の定、天城くんね。問題児同士、お似合いだわ」


「問題児って……」


「とりあえず、そのギアは保健室に預けなさい。授業の邪魔」


 レイナはくるりと踵を返した。その時、彼女の肩に乗っている小さな白い人影に気づいた。


「あれ? 氷川さんもギア連れてる?」


 花子が指差すと、レイナの肩から白い鎧を着た小さな女騎士が顔を出した。


「あら、バレちゃった」


 フリーズ・ヴァルキリーは、優雅に一礼した。


「初めまして。私はヴァルキリー。レイナちゃんの相棒です」


「レイナちゃん?」


 みんなが驚いた。あの氷の女王と呼ばれるレイナを、ちゃん付けで呼ぶなんて。


「ヴァル、勝手に出てこないで」


 レイナは頬を赤くした。


「だって、新しいお友達ができるかもしれないんですもの!」


 ヴァルキリーはレックスに近づいてきた。


「まあ! ドラゴンさんなのね! 素敵! でも、ちょっと痩せてない?」


「は?」


 レックスは面食らった。


「朝ごはんちゃんと食べた? 成長期なのに、栄養不足は大敵よ!」


「いや、俺は成長期とか関係――」


「ダメ! 好き嫌いしちゃダメよ! はい、これ」


 ヴァルキリーはどこからか、小さなおにぎりを取り出した。


「朝ごはんの残りよ。遠慮しないで」


「え、あ……」


 強引におにぎりを渡されて、レックスは困惑した。でも、腹が減っていたので、一口食べてみる。


「……うまい」


「本当!? よかった! レイナちゃんが作ったのよ!」


「ヴァル!」


 レイナが真っ赤になって抗議した。


「余計なこと言わないで!」


「あら、でも本当のことだし」


 クラス中がざわついた。氷の女王が、手作りおにぎり?


 結局、翔太とレックス、レイナとヴァルキリーは、保健室に行くことになった。


 保健室では、保健の佐藤先生が優しく迎えてくれた。


「あら、ギアを連れた生徒がまた増えたのね」


「また?」


 見ると、保健室の奥に、もう一人生徒がいた。


「よう! 新入りか!」


 茶髪でいたずらっぽい笑顔の少年。大阪から転校してきたばかりの雷堂ショウだった。


「オレ、雷堂ショウ! よろしくな!」


 ショウの肩には、小さな青い狼が乗っていた。


「ボルト・ファング。よろしく」


 ファングは丁寧に挨拶したが、すぐに心配そうな顔になった。


「ところで、君たちはちゃんと朝食を摂取したか? 統計によると、朝食を抜く小学生は――」


「ファング、また始まった」


 ショウが苦笑いする。


「こいつ、めっちゃ心配性でな」


「心配性じゃない。リスク管理だ」


「一緒やって」


 こうして、ギア持ちの四人が保健室に集まった。


 昼休み、みんなで屋上で弁当を食べることになった。


「レイナちゃん、また野菜が少ないわ」


 ヴァルキリーがレイナの弁当を覗き込んで、眉を顰めた。


「別にいいでしょ」


「よくないわ! ビタミン不足になっちゃう!」


 ヴァルキリーは自分の弁当から野菜を取り分け始めた。


「あ、ファング! 何してんの!?」


 一方、ファングはショウの弁当(中身は全部たこ焼き)を見て、青ざめていた。


「これは……栄養バランスが壊滅的だ」


「ええやん! たこ焼きは完全食や!」


「どこがだ! 炭水化物の塊じゃないか!」


 ギアたちが騒いでいる中、翔太は自分の弁当を開けた。


 空っぽだった。


「あ……」


 今朝のドタバタで、弁当を作る暇がなかったのだ。


「……腹減った」


 その時、レックスが小さく咳払いをした。


「……半分やる」


 レックスが、さっきヴァルキリーからもらったおにぎりを差し出した。


「レックス……」


「勘違いするな。お前が腹を鳴らすのが五月蝿いだけだ」


「へへ、ツンデレめ」


「なんだそれは」


 結局、みんなで弁当を分け合うことになった。


 たこ焼き、おにぎり、レイナの高級弁当、ヴァルキリー特製サンドイッチ。


 バラバラだけど、なんだか楽しい昼食だった。


「なあ」


 翔太が口を開いた。


「オレたち、友達だよな?」


 一瞬の沈黙の後、ショウが笑った。


「当たり前やん!」


「……まあ、悪くはないわ」


 レイナも小さく微笑んだ。


 ギアたちも、それぞれの反応を見せた。


「もちろんよ!」(ヴァルキリー)


「データ的に有益な関係だ」(ファング)


「……ふん」(レックス)


 でも、レックスの表情は、まんざらでもなさそうだった。


 午後の授業中、翔太はこっそりレックスに話しかけた。


「なあ、レックス」


「なんだ」


「学校、楽しいか?」


「……五月蝿いし、面倒だし、鬱陶しい」


「だよな」


「だが――」


 レックスは窓の外を見ながら、小さくつぶやいた。


「退屈ではない」


 翔太はにやりと笑った。


 ドタバタで、騒がしくて、でも楽しい学校生活。


 これからもっと面倒なことが起きそうだけど、なんだか楽しみだった。

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