朝焼け空に銀の月
@asakurayuhi
第1話 夢か現か
「あぁ…!これでやっと全クリだ!!」
仕事を辞めて半年、毎日8時間から12時間ひたすらゲームの世界に夢中になった。プレイ時間は累計1,000時間を優に超えた。
学生時代は特に困った事は無かったが、社会人になった途端に自分が仕事が出来ない人間なのだと
思い知る事になった。
まず、打たれ弱い。他人に軽く否定されただけでとても落ち込んでしまい中々立ち直れない。
次に、ほどほどが苦手だった。細かいところが気になってしまい、手を抜くと言う行為が難しい。完璧を求めてはそこに辿り着けない自分を嫌悪した。
そして何より自分に自信が無かった。自分で考えて行動する事で、失敗をする事を極端に怖がるので、何時もビクビクと人目を気にしていた。
学生時代はそれでも、ある程度上手くやっていけていたのは根が真面目で努力家であったからであろう。
要領は正直あまり良いとは言えなかったが、集中力はある方で何度も繰り返し作業する事が苦にならなかったのだ。
教師の言う事は素直に従ったし、勉強自体も嫌いではない。そもそもサボると言う言葉が彼の辞書には無かった。
学生時代は言われた事を熟すだけで、ある程度評価してもらえていたものが、社会人になってからは更にプラスアルファで色々なものが必要とされる。
更に運の悪い事に1番最初に正社員として入った会社がブラックだったのだ。
1年足らずで体調を崩しその会社自体は辞めたものの、その会社での上司からのパワハラは創大の自尊心に深く傷をつけた。
新しく仕事を始めても長続きしない。バイトも合わせると5つも仕事を辞めている。
創大は今年で29になる。20代もほぼ終わりだ。
それなのに今、無職で実家暮らし。友達と言えるほどの友達もいない。彼女なんているはずもない。
新しく仕事を始めても、どうせすぐに辞めてしまうのだろう。自分にできる仕事なんてないのかもしれない。
求人情報を見るとそんな考えで頭がいっぱいになって、涙が滲む。
日に日に創大の自己肯定感は削られていった。
そんな中、ふと目に入ったのが『アナザーファンタジー』と言うゲームだった。
パッケージには青空をバックにヒロインらしき女の子達が並んでいる。
巷に溢れ過ぎているファンタジーな世界で冒険をする王道中の王道な作品で。自由度が非常に高くやりこみ要素が沢山あるのが売りだった。
その中でも創大が1番に心惹かれたのはオンライン対応をしていなかったことだ。今は現実の誰とも関わりたく無かった。
惨めな自分を誰にも見せたくなかったのだ。
発売したばかりのゲームだと言うのに平積みもされず、1つだけポツンと新作コーナに置かれていたそれは何だか哀愁すら感じて。変に同情してしまったのもあるかもしれない。
学生時代はゲームが大好きだったが、社会人になってからはめっきり遊ばなくなってしまった。
ゲーム機は同じくゲーム好きの弟が独り暮らしをする時に置いていったものがあるし、何より少しでも憂鬱な現実を考えないでいられるものが欲しかった。
ゲームを始めて驚いたのは、本当にできる事があまりにも膨大な事だ。まずキャラクターメイクの種類が物凄い。ゲーム慣れしていない創大はこれだけでも中々の時間を費やした。
キャラクターがなれる職業も多岐にわたり、『作家』とか『花屋』とか『役者』とか現実にありそうなものから。
『勇者』『聖騎士』『盗賊』なんかのファンタジーなもの。
『バニーガール(男)』とか『ヒモ』、はたまた『ネコ』なんかもあった。
一体どこに需要があると思って作られた職業なのだろうか。
ゲームの世界はひたすら優しかった。クエストをクリアすれば依頼者は必ず喜んでくれるし、何かすれば必ず結果がついてくる。それはレベルであったり、アイテムであったり、キャラクターとの親密度であったりしたが、自分が行動する事で目に見えて何かが手に入る快感は中毒性があり、のめり込むのに時間は掛からなかった。
元々やり込み型の人間なのだ。とことん自分のペースで遊べるゲームは創大にとってとても楽しいものであった。
物語の粗筋としては、主人公は幼い頃にモンスターに襲われて両親を失い。双子の姉と一緒に祖父母に育てられるが、祖父母も数年前に他界。唯一の家族である姉すら人攫いに襲われて行方不明になってしまうのだ。
そんな失意の中、主人公はギフトと呼ばれる才能に目覚める。主人公のギフトは、探し物だ。
正直、かんかしょぼくないか?とも思ったが、そのギフトは実はかなり有用で例えば『危険がある物を知りたい』と思いながらギフトを使うと、毒がある植物だったり、モンスターなんかの場所が分かる。
こうして、そのギフトを頼りに主人公は姉を探す旅に出るのだ。
メインヒロインは2週目以降に挑戦できる隠しキャラクターを合わせて6名。男性のメインキャラクターは隠しキャラクター含め5人。メインヒロイン達を全員攻略すると、女主人公編を遊べるようになり、そちらで男キャラクターを攻略できる。興味本位で攻略してみたが、案外抵抗なく見れたし内容が感動的で普通に泣けた。
時間だけはあるのだ。メインヒロイン達を攻略した後は職業図鑑を全て埋める為に転職を繰り返したり、全てのアイテムを手に入れる為に商業ギルドを立ち上げたりした。
商業ギルドでは人を雇って自動で店舗運営もできたが、新しいアイテムを創り出すのも楽しく、オリジナルアイテムを各種自店に並べておくとそこも評価対象だったのか商人としての評判も鰻登りだった。
首都での地位もお金で買えるし、領地を手に入れれば開拓もできる。
一周目は攻略本を読まないで遊ぶ主義なので、手は出さなかったが。
二週、三周と遊ぶうちにもっと細かい設定が知りたくなりゲーム内にあるダウンロードコンテンツで設定資料集を買い求めた。
どこに何のアイテムが採取できるのか、モンスターがどんな動きをするのか等ほぼ完璧に把握し、もはやメインヒロイン達のセリフなんかは諳んじる事ができるようになってしまった。
また、攻略する為に何度も会いに行くうちにパーティーに参加させていない時にどこにいるのかなんかもうっかり把握してしまった。まるでストーカーである。
本当に何をしているんだろうかと時々正気に戻る度に頭を抱えた。
そんなこんなで72周目で、空に浮かんでいるただのオブジェだと思っていた浮島に行ける事が判明。
更に浮島に到達すると、エンドコンテンツとして星見の塔と言うダンジョンに挑戦できた。
最終戦は熾烈を極めた。古代龍エルシャンドラはとにかく体力が高い上に、一撃が重く全てが必殺技のようなものだ。
このゲームはいつから死にゲーになったのだろうと思いつつ、パーティーを何度も再編集し、アイテムを惜しみなく使い、時には運要素に頼り。
そして、先程遂に!隠しボスである古龍エルシャンドラを討伐し、今から隠しエンディングのムービーが始まるところだ。
雲1つ無い晴れ渡る青空をバックに美しいプラチナブロンドの長い髪をたなびかせ、とろけるような蜂蜜色の瞳を優しい笑みで細める。まるで女神のように美しいキャラクターがいる。
このタイミングで知らないキャラクターが!?と驚いたが、これはもしかしたら次回作に登場するキャラクターであったり、はたまたこれからダウンロードコンテンツかなんかで追加される新キャラクターじゃないだろうか。
彼女がゆっくりと口を開くと、まるで目の前で話し掛けられているような錯覚におちいる。
フルボイスなのか!流石隠しエンドのエンディングムービー、豪華だ!
「ソウ、あなたは遂にやり遂げましたね。あなたは世界の全てを知っていると言っても過言ではないでしょう。」
「世界で初めて全てをクリアをしたあなたの功績を称えて、何でも1つ願い事を叶えて差し上げます。あなたの望みはなんですか?」
(良ければ、この世界への要望を教えてください。)
そんな文面と共に、画面にキーボードが出てきた。
なるほど、確か最近のゲームなら称号とかで全国のプレイヤーとかの情報とか、最速クリアタイムとかが見られるみたいだし。これは製作者から次回作への要望なんかを知るためのアンケートみたいなものなのかもしれない。
目の前の画面にいる彼女があまりにも好みだった事もあり、少し悩んだ末に打ち込んだ言葉は。
『君と会ってみたい』だった。
その瞬間、画面の中の少女は驚いたような顔をすると、コクリと頷く。
そして、いたずらっぽく笑ってこう言った。
「わかったわ。あなたに会えるの楽しみにしてる。」
意外な表情に思わず見入ってしまった。清廉そうな見た目とのギャップが最高だ。実装が俄然楽しみだ。
そこまで話すと、彼女はこちらに向かって腕を伸ばした。すると、伸ばした手の平から金色に輝く魔法陣が現れる。
魔法陣はどんどん大きくなって、画面いっぱいになると魔法陣から真っ白な光が溢れる。
眩しさに目をとじると、ふらりと立ちくらみがした。
夢中になってしまって徹夜でゲームをしていたから、体力が限界だったのであろう。
あの後のエンディングムービーがどうなるのか気になったが、急激に襲い来る眠気に抗う事が出来ずに創大の意識は急速に落ちていった。
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