1日目

 ダンジョンに入ってからは、思ったよりも順調に攻略が進んでいた。

 盗賊であるミラが先行して、敵が出てきたら重戦士のシーナが受けて、剣士のキキが切り込んで、魔術師のレナが牽制する。もし誰かが怪我をしても、僧侶のフィオが回復してくれるから安心!


 トラップの類もミラが問題なく解除して、すいすいと先へと進んでいた。


「しっ! 止まって」


 仲間を制止する。ミラの聴覚が微かな音を捉えたのだ。

 足音を消して角をのぞき込んでみると、そこには三体のスケルトン。


(す・け・る・と・ん!)


 声に出さずに口の形だけで仲間に伝える。するとフィオが任せて!とでも言いたげな身振りをした。


『汝ら、不浄の影よ。主の光を恐れ、ここに還れ――!』


 フィオが詠唱を続けるとともに、その亜麻色の髪がふわりと浮き上がり、どこか神々しいような雰囲気を放つ。

 そして、スケルトンたちは光に包まれ、ポッと静かに燃えて灰になった。


「やっるじゃんフィオ!」


 キキがフィオの肩を叩く。えへへ、とフィオは笑った。


「スケルトンに魔力を割く必要もなかったような気がするけど」


 レナは少し不満そうにしている。さては、あまり活躍できてないから拗ねてるんだな? もうー、可愛いんだからー。


「……ぐう」


 シーナは相変わらず眠そうだ。いや、これはもう寝ているのでは? 盾を構えてて顔が見えない。彼女が寝ていないことを祈ろう。



 灰になったスケルトンたちを乗り越え先に進む。その先は行き止まりになっており、宝箱が置いてあった。


「宝箱!!!!」


 キキが宝箱目掛け走り出す。


「あちょ、っもう!」


 罠かもしれないのに!とミラは憤りつつも、初めての宝箱にワクワクしていた。中に入っている物次第では、一攫千金もありえる。ミラはもしたくさんお金を手に入れたら、という想像をし、ぐへへと笑った。レナに頭をはたかれて正気に戻る。


「なぁなぁミラ! 早く開けようよ!」


 キキが宝箱をバンバンと叩いて急かしてくる。


「はいはい、ちょっと待ってねー」


 ミラはまず宝箱の周辺の確認から始めた。宝箱の安全マージンと開錠はギルドでさんざん練習したし、余裕だ。

 三分ほどがちゃがちゃやった後、ミラは宝箱を開けることに成功した。


 みんなで中をのぞき込もうとしたその時、バーン! と轟音が背後で鳴り響いた。


「な、なにっ?」


 ミラが振り返ると、道が……塞がれている? 嘘でしょ?

 先ほどまで歩いていた通路は、まるで最初から存在しなかったかのように、ツルリとした石壁になっていた。ちょうど、スケルトンの灰のところが壁になっている。


「…あーあ」


 レナが肩をすくめる。


「えー! この宝箱なんにも入ってないよー」


 宝箱に顔を突っ込んでいたキキが顔を上げる。


「あれ? 壁じゃん」


「そうだよ、罠だったっぽい」


 そう言ってミラが宝箱に向き直ったその時、ガガガガと地面が震えだした。


「今度は何!?」


 宝箱の奥、壁が……開いていく。その先には、先ほどまでの初心者用ダンジョンとは比べ物にならないくらい広いダンジョンが広がっていた。

 上下左右いろんなところに通路が伸びていて、しかも奥の方も先が見えない。いったいどこまで広がっているのだろうか。


「わぁぁぁ! すっげー!」


 キキがはしゃぐ。


「ぐぅ…………ッは! 敵!?」


 シーナ、やっぱり寝てたんじゃん。


 ミラはダンジョンの地図を取り出す。

 うーん、やっぱりこんな広い空間ないはず。どうなってるんだろ。


 レナが、ミラの袖をつかんでくる。


「ミラ、なんか、ここすごく嫌な感じがする」


「え? どうして?」


「わからない。ただ、不気味な魔力が流れてる」


 レナがこんなに焦った表情を見せることなんてめったにない。気を引き締めるべきなのかもしれない。


「みんなー、落ち着いて状況確認するよー!」


 …

 ……

 ………返事がない。いや、あった。ぐぅという明らかに寝ている者の声だったが。

 その場には、ミラとレナと、シーナしかいなかった。大方、キキがフィオを引っ張っていってしまったのだろう。


「もー!」


 ミラは地団太を踏んだ。フィオはいっつもキキについて行ってしまう。姉妹だからだろうか。


「どうするの?」


 レナが真剣な表情をしている。


「……すぴー…すぴー…」


 シーナは…、まあ、うん。ていうかもう寝たの!? さっき起きてなかった?


 ミラはため息をついて状況を整理する。


「食糧は二日分しかないし、はやく出口を見つけないといけない。キキとフィオにはこのまま別行動してもらって、私たちも別で動こう」


 レナが頷く。シーナは小舟を漕いでいる。


付与エンチャント浮遊トリースティク


 レナが詠唱すると、寝ているシーナが宙に浮いた。ミラは、浮いてるシーナに紐を括り付けて運びやすくした。


 凧のようにぷかぷかとシーナを浮かせた状態で、ミラとレナは出発した。



 だいたい一か二時間ほど探索しただろうか。探索は何事もなく進み、周辺の地形の理解もだいぶ出来た。

 ただ、ここまで一切モンスターが出てこなかったことが気がかりだ。それに、このダンジョンは、なんというか、町みたいだ。縦横無尽に張り巡らされた通路の先には家のような構造になっている部屋があり、生活感こそないもののここに住めそうな雰囲気がある。


「うーん、腹時計的にはもうそろそろ夕方だし、合流したいなぁー」


 ミラはかばんから巻物スクロールを取り出す。確か、対になる巻物スクロールはキキに持たせていたはず。

 ミラは、レナに巻物スクロールを渡して起動してもらう。すると、巻物スクロールの魔法陣が消え、もう片方の巻物スクロールがある方向を矢印で指し示した。


「あっちのほうね」


 巻物スクロールは、ミラたちより少し先の方を指し示していた。


 ミラたちは、吊り橋を渡ったり、部屋をいくつか経由したりしつつキキとフィオがいるであろう方向を目指した。

 シーナは相変わらずぷかぷかしている。


 しばらく進むと、巻物スクロールの示す矢印の向きの変化が大きくなってきた。もうこの近くということだろう。ミラは、右へ左へと動いてキキたちの居場所を特定しようとする。

 

 そうやって正確な位置を見定め進んでいると、どうもこの巨大な扉の内側に彼女らがいるらしいことが分かった。


「シーナ、シーナ、起きて」


 ぷかぷかしているシーナを揺さぶる。


「うーにゃ、あと…、じゅっぷん…」


 ダメそうだ。もうこのまま行こう。


「そーっれ!」


 ミラとレナで力いっぱい扉を押す。

 二人で頑張って押していると、扉はゆーっくりと開いた。レナが踏ん張っている間にシーナを中に入れる。レナが手を離すと扉はバタンと閉まった。


 部屋の中は真っ暗だ。ミラは、持ってきたランタンに火をつけた。それでも自分たちの周りしか照らされてない。ミラは、レナに灯りをともす魔法をお願いした。


投射キャスト灯火ラックス


 レナが詠唱すると、ポッと出現した小さな焔が真っすぐに飛んで行った。

 奥の方まで照らす。この部屋はかなり広いようだ。


 部屋の一番奥まで到達した焔は、壁に沿って飛び始めた。


 右に少し行ったあたりで、倒れている赤毛の少女——キキが照らされた。


「キキ!!!」


 ミラは慌てて駆けだす。

 近くまで行くと、かなり状態が悪いことが伺えた。


 出血や損傷こそないものの、打撲がひどく、右腕なんかは曲がっちゃいけない方向に曲がっている。


「大丈夫!!?」


「み、ら…、」


 意識はある。これならまだフィオがいれば回復できる。…あれ? フィオ、フィオはどこ?


「に…げて」


 え?


 ミラが戸惑っていると、ものすごい風圧がミラを襲った。ミラは転びそうになるのをすんでのところで踏ん張る。


灯火ラックス!』


 レナの魔法により、周囲が一気に明るくなる。

 そこには、巨大な石のゴーレムと、その攻撃を受け止めているシーナがいた。


「ぐえ」


 シーナが吐血する。それでもシーナは踏ん張ってゴーレムを抑えている。


 ミラはなんとか思考を再開し、今すべきことを考える。

 キキをつれて逃げる? だめ、シーナが犠牲になる。

 いっそみんなで逃げる? それが一番生存率が低い。ギルドで習った。

 なら、戦うしかないっ!


 ミラは、ダガーを抜き、素早くゴーレムの背後に回った。そして、ひたすら頭の部分を引っ掻く。

 だが、刃は全く通らなかった。だが、牽制くらいにはなったのだろう。ゴーレムがミラの方を向いた。


「今っ!」


投射キャスト強化エンハンス火球アーグ!』


 ミラまで熱さが伝わってくるほど大きな火球が、ゴーレム目掛けて飛んでいく。シーナはそれに合わせて後ろに跳んだ。

 そして、ゴーレムは火に包まれた。ミラは、固唾を呑んでそれを見守る。


 だが、炎の中から現れたのは、無傷のゴーレム。


「う、そ…」


 レナが呆然と立ち尽くす。

 ゴーレムがぶん、と腕を一振りするとシーナが吹き飛ばされた。シーナはそのまま壁に打ち付けられ、ぐしゃ、と嫌な音を鳴らした。


 ミラは反射的に後ろに跳ぶ。ミラが元居た場所にはゴーレムの腕が振り下ろされていた。


 勝てない。直観的にそう悟ったミラは、逃げるという選択を取った。

 置いて行くわけにはいかない。でも、でも、全滅は何としてでも避けねば。

 冒険の日々が脳裏によぎる。なんで、なんでっ…!


 ミラはキキに駆け寄り抱え起こそうとする。


「ミラ! 後ろ!」


 ミラが後ろを振り返るよりも前に、ミラの視界は赤く染まっていた。

 

 クソ…、あいつ、足も速いのかよ。


 だんだんと霞んでいくミラの視界が、押しつぶされているレナを捉えた。



 そして、後には静寂だけが残った。

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