真夏の人魚姫
羽衣石 翠々
真夏の人魚姫
自分の好きな人には、好きな人がいたとか
よくある二番煎じのような話が、私の初恋だった。
『
「…? どうしたの、
幼馴染の彼は、名前を呼ぶと いつも私の名前を優しく呼んで振り向く。
その声が好きで、好きでたまらなかった。
どんな時だって、隼人は 私を特別扱いしてくれていた。
________そう、思っていた。
「皐月っ!」
「えっ…ぁ…は、隼人…さん…」
「だから前にも言ったじゃん、隼人でいいよって」
隼人と呼んでいいのは、私だけだったはずなのに。
「……は、隼人…」
いつの間にか、私の親友の皐月も呼ぶようになって。
「……うん。 …よければ、一緒に学校まで行こうよ」
「う、うんっ…!!」
この間まで、彼の隣は私のはずだった。
今はあの子が、独り占め。
でも2人は美男美女で、お似合いで。
嫉妬することさえ馬鹿馬鹿しいほどだ。
『………皐月と…付き合わないで』
なんて、言えるわけない。
________ミーンミンミン…
蝉の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
『……学校、サボろっかなぁ…』
………そういえば今年、まだ海に行ってないや。
毎年、一緒に海に行くと約束していたのに、あの子の前では その程度のものなんだ。
『………海に行こうかな』
そうすればきっと、この気持ちも流せる。
電車に揺られながら、お母さんに子供の頃 聞かせられた「人魚姫」を思い出す。
王子様に一目惚れした人魚姫は、魔女に頼んで 美しい歌声を失う代わりに人の足を手に入れる。
しかし、王子様の心を射止めなければ、泡となってしまうと言われた。
けれど王子様に振り向いてもらえず、その上 王子様は別の女性と婚約をしてしまう。
魔女に、王子様をナイフで刺して、返り血を浴びれば 人魚に戻ることができると告げられる。
でも人魚姫は、王子様の幸せを壊すことができず、海に飛び込んで 泡となって消えた。
『……………馬鹿みたい』
と、思った。
子供の頃から不思議に思ってきた。 何故 人魚姫は、泡となって消えることを望んだのか。
助けた恩を仇で返した男を、憎みきれなかったのか。
私の好きな人、でも貴方は 私の
ほんと、これこそ馬鹿みたいな話。
隼人と話していると、嬉しいと同時に悔しくて辛いの。
愛おしいと同時に、憎らしいの。
『…………綺麗』
柔らかな砂浜を歩きながら、水平線を見つめる。
………なんだか、無性に入りたくなってしまって。
『…冷たっ』
砂まみれのローファーを脱いで、海に足先をつける。
『………泡になるわけ、ないか…』
いっそのこと、人魚姫と同じように 泡になって消えてしまえば、これ以上苦しむことなんてないのに。
好きな人と、結ばれることはなくて
周りに自分をわかってくれる人がいなくて
人魚姫も、私も、孤独だったのかもしれない。
『……諦め悪いなぁ…私って』
今なら、人魚姫の気持ちが分かる気がする。
好きになってしまった人の幸せを、自分より優先してしまう気持ち。
人魚姫の恋は悲しい結末と思う人が多いけれど、彼女自身にとっては幸せだったのかもしれない。
一瞬でも、
『…………大好きだよ…隼人』
私の初恋と小さな声は、波に攫われた。
真夏の人魚姫 羽衣石 翠々 @mimimaru-__-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます