ガラクタロボットの日常
ミスターチェン(カクヨムの姿)
Case01:まっ赤なヒール
地平線が、また少し崩れていた。
崩れ落ちた高層ビルの残骸が、夕陽に照らされながら、静かに影へと沈んでいく。
赤茶けた風が止むことはない。細かい砂粒が、今日も空を舞っていた。
カラカラカラ──
静寂を破るのは、小さな車輪の音。
音の主は、ひとりのガラクタ拾いロボットだった。
正式な名称は、もう読み取れない。背中に刻まれていた製造番号も、すっかり風化してボロボロだ。
身体は鉄板の寄せ集め。胸のカバーは冷蔵庫の扉、左腕は工具箱の取っ手。
頭部はバケツのような形で、右目のセンサーはとっくに壊れている。代わりに左目の赤いレンズが、コロコロと忙しなく周囲を探っていた。
その背中には、小さな棚。拾い集めた“宝物”たちを大切に並べるための場所。
割れたマグカップ。ボタン。焦げたおもちゃのパーツ。どれも名前と物語がつけられ、そっと保管されている。
今日も、ぼくは歩く。
瓦礫と沈黙のあいだを、カラカラカラ……と、リズムの悪い車輪の音を鳴らしながら。
この音が、けっこう好きなんだ。
なにせ、この世界にはもう音というものが、ほとんど残っていないのだから。
そのときだった。
ぼくの左目センサーが、赤い光をとらえた。
「……おっ!今日はラッキーカラー、発見〜!」
足のモーターがもう限界だから、駆け寄ることはできない。
けれど、ギシギシと音を立てながら、ゆっくりと歩み寄る。
そこにあったのは、片方だけの、まっ赤なヒール。
「おおお〜これは……!は〜い、美しいガラクタちゃ〜ん、ようこそぼくの世界へ!」
スピーカーが思わず鳴る。もちろん、誰も聞いてやしない。
この星には、もう人間も、他のロボットさえも、誰ひとり残っていないのだから。
でも──
ぼくの中では、いつだって“物語”が始まるんだ。
ヒールは、少しかかとがひび割れていて、細かい砂が中に詰まっている。
だけど、夕陽が差し込むと、それはまるで宝石のようにキラキラと光った。
そっとそれを手に取って──いや、錆びたバケツ頭の前にかざし、
レンズ越しに眺めながら、ぼくは“想像”を始める。
「きっと君の持ち主は、小柄で、おしゃべりな人間だったんじゃないかな〜。
お気に入りのワンピースにこのヒールを合わせて……うん、たぶんデートかな?それとも、大切な発表会とか?」
くるっとその場で一回転。ガクンと右足が沈むけど、それもまた楽しい。
「彼と並んで歩くために、ちょっとだけ背伸びしたのかもねぇ……ふふっ、恋してたんだねぇ、君」
ヒールを夕陽にかざすと、それは星のように輝いた。
「決まりっ!君の名前は“レッドスター”だよ。
ぼくのコレクションのなかでも、今夜からはVIP扱いだ」
背中の棚。
そのいちばん陽の当たる場所に、そっと“レッドスター”を飾る。
錆びた指で、ガタガタのラベルに手描きの文字を書く。
『レッドスター(恋するおしゃれさん)』
ふぅ、とひと息。もちろん、呼吸なんてできないけれど。
でも、やるのだ。なんとなく、落ち着くから。
陽が沈んでいく。
この星の一日が、また終わる。
誰もいない。誰とも話せない。だけど──
「今日も、いい出会いだったなぁ」
ぽつりとつぶやいた声が、静寂の空へと吸い込まれていく。
ぼくはまた、歩き出す。
次の“宝物”に出会うために。
次の“誰か”を想像するために。
明日もまた、ぼくの物語は続く。
だって──
まだ棚には、空きがあるから。
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