最強のキノコは踏破する。

@kandoukei

茸のプロローグ前編:茸と竜

 そびえ立つ岩山。そこの頂上にはかつて “古き黒魔竜の祭殿”という場所があった。そこで古代の人々は終焉の厄災と呼ばれし黒き魔竜を崇めていた。しかし、その祭殿は広く朽ち果てた石の大地と祭殿のような形を保つだけの廃墟であった。そこに贄とされる少女と赤竜レッドドラゴンさえいなければ。

 その祭殿の台の上に黒髪のロングヘアーと黒き瞳を持つ十六歳の少女が横たわっていた。彼女の身体はレッドドラゴンの魔法で出来た鎖に縛られ、姿も簡素な白装束を着せられていた。

 彼女の眼前にいるレッドドラゴンはやはり赤蜥蜴よりも恐ろしい姿と鳥よりも勇ましい翼を持ち、彼女を蟻のようにニヤリと笑いながら、眺めている。

「何故、私を喰らわないのですか? 」

 少女はたとえ体が恐怖に支配されても、瞳だけは真っ直ぐだった。彼女は赤竜レッドドラゴンを不条理と見なし、恐怖に支配される中で勇気を振り絞り、問いを行う。

「あれから一日が過ぎました。なのに私は喰われない。私や村のみんながどれほどあなたの畏怖に苦しめられたとお思いですか?」

 その時、赤竜レッドドラゴンは轟音の如き言葉を並べる。

『ほう、吾輩に口答えをするのか。まぁ、その勇気は褒め称えよう。何、問いの答えは貴様が余りにも美しいからだ。吾輩にはもったいないほどに。だが、そうだな、早めに喰うとしよう。我ら気高き竜の生は余りにも長寿ながすぎる故にな。』

「なら、もう村のみんなに手を出さないで下さい。私の命を差し出す代わりに。お願いします。これ以上、村を苦しませないで下さい。」

 機転と思わんばかりに自らの犠牲で村を守ろうとする憐れな少女に対し、赤竜レッドドラゴンは睨むかのように竜の眼を近づかせ、嘲笑う。

『駄目だ。貴様の村は我ら竜の威光と畏怖を示すための贄なのだ。だが、安心しろ。貴様の妹とやらも我が贄として死の国で一緒になるだろう。』

「おやめください! ユイカだけは、妹だけは死なせないで下さい!」

『その祈り、神とやらに届いても、我らには届かん。何故なら、ドラゴンこそがこの世界を統べる支配者だからだ。ガハハハハハッ!』

 赤竜レッドドラゴンの雄たけびのような笑いを上げる。ブランはただ自らの無力に打ちひしがれ、涙を浮かべるしかなかった。

(ああ、ユイカ。 あなただけでも逃げ延びて、生きて…)


 その時、赤竜レッドドラゴンは自らの竜炎で火照ったはずの身体中に寒気を感じた。

(何だ⁉ この古竜エンシャントドラゴンが来たような悪寒プレッシャーは⁉ 竜狩りドラゴンスレイヤーでも来たのか⁉)

 とある岩場を見つけたレッドドラゴンはそこから殺気のような何かを感じ取った。

『出て来い! そこに居るのは分かっているぞ、強き者よ!』

 勇ましく振る舞いながらも内心の冷や汗は止まらなかった。自身の、否、自らの種族の天敵になろうとする者に緊迫としていた。

 赤竜レッドドラゴンンの呼びかけに岩の後ろに隠れていた者はゆっくりとその陰から現れた。

 その姿を見た赤竜レッドドラゴンと生贄の少女は絶句した。

『は?』

「え?」

 黄色の斑点を備えた橙色の笠、少女が可愛いと思うくらいの白色の一頭身、そして、一見すれば美味しそうな形貌の茸型の拳と、石附を割った可愛らしく小さな足、まさしく、茸魔族マイコニドである。

 その姿を見た赤竜レッドドラゴンは今にも転げ落ちるくらい地響きを鳴らし、笑い上げる。

『くくく、ぐぅわはははははは!! 我としたことが、さっきの武者震いはただの錯覚のようだ! 劣等下等の雑魚魔物風情が何故、ここに居る? さぁ、さっさと逃げ堕ちるが…』

 赤竜レッドドラゴンが雄弁と語る間に何かが割れ響く音がした。地上したを見れば、茸魔族マイコニドが祭壇に掛けられた魔法の鎖を引き千切り、少女を助けに入った。

『なっ、何ぃ⁉ 緑竜グリーンドラゴンさえも壊せない我が魔法の鎖が⁉』

「えっと、あの…ありがとうございます…て、きゃ⁉」

 茸魔族マイコニドが少女を抱き抱え、高く宙を飛び、先ほどの岩場まで着地したと思えば、鋭い殺気をレッドドラゴンにぶつけた。

赤竜レッドドラゴンよ。何故、お前は何の罪もない村を悲劇にさらそうとする。答えろ。』

 可愛らしい姿から想像も出来ないほど渋い声を放つ茸魔族マイコニドに対し、レッドドラゴンは鼻で笑う。

『ふっ、そう来たか。なら応えよう。吾輩の名はアグニス。この現世に失われしドラゴンの威光、畏怖、尊厳を取り戻す者なり。』

 赤竜レッドドラゴンことアグニスは翼を広げ、胸を張り、両手を天に挙げ、威光を示すかのような傲慢なポーズを取った。

 その答えに対し、茸魔族マイコニドは不機嫌そうに言った。

『まさか、お前は自らの種族の自慢だけの為に彼女や村の者たちを絶望の淵に追いやったというのか?』

『人間の心理など知るものか。元々は人間共がドラゴンを崇めないのが悪いのだ。太古の昔はドラゴンこそが世界を統べる者として畏怖を集めさせたのに関わらず、人間共は神の教えによって、我らを邪道に引きずり込んだ。』

『……』

『あまつさえ、人間の叡智と言う名の俗物が生み出した銃などの兵器や大型魔法で蟲の如く駆逐しようとする始末。それらを見過ごす訳にはいかぬ。』

『……』

アグニスが怒りを混じりながら語る中、茸魔族マイコニドは黙ったままだった。まるで、嵐の前の静けさのように恐ろしく静かだった。

『大体、貴様は何なのだ? 茸風情の分際で、粘魔スライム小鬼ゴブリンのような雑魚が、生きているだけで精一杯の軟弱者が吾輩の前に立ちはだかるのはどれほど愚かな者か身の程を……』

『黙れ』

『はっ?』

 茸魔族マイコニドは自らの琴線が切れたように、縁までグラスにたまった水が溢れ出すように、血滲む怒りをさらけ出す。

『お前たち、ドラゴンはいつもそうだ。自分以外の存在を愚者と見なし、神であるかのように傲慢に振る舞い、我らの平和を踏み躙る。』

 彼の笠の脳裏に浮かぶは黒き炎と悲鳴に包まれし故郷。

『その行動がどんなに私たち弱者が居場所を奪われ、怨嗟を、絶望を、お前たちへの殺意と憎悪を糧に生きていたのかを知らないのか。』

愛する者が塵芥と化した悲劇。

『生きているだけで精一杯だと…、当たり前だ! それの何が悪い! 生きるためだけの幸せにお前たちの畏怖など必要なものか! 』

全てを守れなかった罪人おのれを呪う無力さ。

それらすべてを知っているからこそ、てきの前に立っている。


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