第14話:『封印の洞窟と、欠点だらけの英雄たち』
法国の使節団が、煮え切らない態度で王都を去ってから数日後。俺たち一行は、国王陛下直々に、極秘の任務を与えられた。
「法国の背後でうごめく、邪悪な勢力の調査、そして、その目的の阻止」。
ソフィアが夜会で感じ取った、あの枢機卿が纏っていた邪悪な気配。それは、この世界の理を歪め、古に封印された「魔神」を復活させようと企む、「魔神教団」のそれに、酷似しているという。
そして、彼らが、復活の儀式のために、真っ先に狙うであろう場所。それが、王都から遥か北の山脈地帯に隠された、「封印の洞窟」だった。
「このままじゃ、ダメだ……!」
出発を翌日に控えた夜、俺は、王城の、月明かりが差し込むバルコニーで、自分の無力さを、改めて噛み締めていた。
クラーケンとの戦いも、ジンとの模擬戦も、俺が勝てたのは、すべてソフィアの祝福と、女神謹製の武具のおかげだ。俺自身の力じゃない。この先、本当にヤバい敵が出てきた時、俺は、本当に、みんなを守れるのだろうか。
「俺、強くなりたいです。ソフィアさん」
隣に立つ彼女に、俺は、初めて、自分の弱い心を、正直に打ち明けた。
ソフィアは、驚いたように、少しだけ目を見開いた後、ふっと、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「ええ。貴方なら、きっとなれますよ。私が、ついていますから」
その言葉は、何よりも、俺の心を強くしてくれた。
こうして、出発前の最後の半日を使い、俺は、生まれて初めて、本気の「特訓」に、挑むことになったのだ。
場所は、王城の広大な訓練場。夏の終わりの、少しだけ涼しくなった風が、俺の決意を後押しするように、頬を撫でていった。
だが、もちろん。その特訓が、まともなものになるはずもなかった。
「いくぜ、ユウキ! 問答無用、真剣勝負だ!」
最初の相手は、ジン。彼の猛攻を、俺は、ことごとく、紙一重で避けていく。いや、避けているのではない。避けさせられているのだ。
ジンの渾身の斬撃は、俺の額を狙う直前に、どこからか飛んできた蜂に、ジンが気を取られて、軌道がずれる。
俺の足元を狙う、鋭い薙ぎ払いは、俺が、自分の靴紐がほどけているのに気づき、しゃがみ込んだことで、空を切る。
そんな、奇跡的な偶然(祝福)の連続に、ジンは、一人で勝手にスタミナを消耗し、ぜえぜえと肩で息をしながら、地面に倒れ込んだ。
「な……んで……当たらねえんだ……」
「ユウキ! 今度は、私と、連携の訓練だ! 私が、敵の注意を引きつける! その隙に、お前が背後から斬りかかれ!」
サラが、仮想の敵に向かって、勇ましく突撃した。だが、彼女は、自分が、どの方向から、敵の注意を引きつけるべきか、全く分かっていなかった。
「こっちだ、化け物! 私が相手だ!」
彼女が叫んだ方向は、俺がいる、真後ろだった。
「師匠! 魔法の回避訓練です! 私の、この、無数の氷の矢を、避けてみてください! 『アイシクル・レイン』!」
セレスティアの杖から、数十本の氷の矢が放たれる。しかし、その矢は、俺ではなく、訓練場の、美しい薔薇園に向かって、降り注いだ。
「あーーーーっ! 私の薔薇がーーーーっ!」
遠くから、庭師の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「聖勇者様! 貴方様の、その聖なる鎧の強度、この私が、試してしんぜます! これも女神の試練!」
アンジェラは、訓練という概念を忘れ、本気で、俺を殺しにかかってきた。だが、彼女のウォーハンマーが、俺の胸当てに直撃するたびに、女神謹製の防具は、その衝撃を、完璧に吸収し、逆に、アンジェラの手を、ビリビリと痺れさせていた。
「ぬうう……! なんという、硬さ……! これぞ、女神の祝福!」
訓練は、めちゃくちゃだった。
だが、強くなりたい、という、俺の、真摯な想いだけは、この、どうしようもなく頼りになる仲間たちに、確かに、伝わっていたはずだ。
◇
王都の喧騒を後にし、俺たちは、北の山脈地帯へと、馬を進めていた。
旅が進むにつれて、周囲の風景は、その彩度を、失っていった。緑豊かだった草原は、ゴツゴツとした岩が目立つ、荒涼とした大地へと変わり、やがて、道は、霧深い、鬱蒼とした森の中へと、吸い込まれていった。
森の中は、常に、薄暗かった。天を覆う、巨大な木々の葉が、太陽の光を、ほとんど通さないのだ。地面は、分厚い苔に覆われ、一歩足を踏み出すたびに、湿った、腐葉土の匂いがした。
そして、何よりも、不気味だったのは、その静けさだ。
鳥の声も、虫の音も、一切聞こえない。聞こえるのは、俺たちの、馬の蹄の音と、時折、冷たい霧を運んでくる、風の音だけ。まるで、この森の生き物たちが、全て、何かに怯え、息を潜めているかのようだった。
「……ソフィアさん。なんだか、気味が悪いですね」
「ええ」
俺の隣を歩くソフィアは、その美しい眉を、わずかに寄せていた。
「この霧は、ただの自然現象ではありません。この土地一帯に満ちる、邪悪な魔力が、世界の理そのものを、歪めているのです。封印の洞窟は、もう、近いでしょう」
彼女の言葉は、これまでの旅にはなかった、確かな、緊張感を、俺たちにもたらした。
俺たちの、本当の戦いは、ここから、始まるのだ。
◇
霧の森を抜けた先、切り立った崖の中腹に、それは、あった。
まるで、巨大な獣が、山肌を喰い破ったかのような、禍々しい、洞窟の入り口。
その闇の奥からは、冷気と共に、濃密な、邪悪なオーラが、絶えず、漏れ出してきている。入り口の周りだけ、草木一本、生えていない。
「……ここが、封印の洞窟……」
ゴクリ、と、誰かが、唾を飲む音がした。
俺たちは、覚悟を決め、その、闇の中へと、足を踏み入れた。
洞窟の内部は、人工的に掘られた、滑らかな通路が、どこまでも続いていた。壁には、古代の文字や、神々と魔神の戦いを描いた、色褪せた壁画が、描かれている。
だが、その通路には、数々の、悪意に満ちた、トラップが、仕掛けられていた。
「よし! この先は、シーフのあたしに任せな!」
リナが、得意げに、胸を張った。彼女は、軽やかな足取りで、先行していく。そして、少し先の、何もない通路で、ピタリと、足を止めた。
「ふんふん、なるほどね……。ここの床、巧妙に、色が変えられてる。間違いなく、落とし穴だ。でも、大丈夫! あたしの目と、経験は、ごまかせないよ! こっちの、壁際が、安全ルートだ!」
彼女が、自信満々に、そう宣言した、直後。
彼女が立っていた、その、安全なはずの壁際の床が、音もなく、パカッ、と開いた。
「あれえええええええええ!?」
リナは、見事に、その穴の中へと、吸い込まれていった。
「幻覚作用のある、胞子だ! みんな、息を止めるんだ!」
サラが、警告を発する。だが、時すでに遅し。俺たちの周りには、きらきらと光る、美しい胞子が、舞っていた。
「へっへっへ……。こりゃあ、たまんねえや……。見てみろよ、ユウキの旦那……。絶世の美女たちが、俺様のために、水着で、サンバを踊ってくれてるぜ……」
ジンは、よだれを垂らしながら、何もない空間に向かって、デレデレと、手招きをしていた。
「……見つけた……! これだ! これこそが、この洞窟の、完璧な、見取り図……! これさえあれば、もう、私は、迷わない……!」
サラは、壁の染みを、伝説の地図だと勘違いし、その壁に向かって、恍惚の表情で、歩き始めた。
「皆さん! 私の魔法で、この幻覚を、打ち破ります! 『ディスペル・イリュージョン』!」
セレスティアが、杖を構える。しかし、彼女の放った魔法は、またしても、暴発した。
幻覚は、消えなかった。むしろ、三倍の濃度になり、俺たちの目の前に、それぞれの、トラウマや、最も苦手なものの幻が、映し出された。
(うわああああ! 大量の、ピーマンだあああああ!)
「な、なんてことでしょう! 骨です! 大量の、骨が、アンデッドとして、動き出しました!」
マリアの悲鳴。見ると、通路の脇に、打ち捨てられていた、大量の骨が、カタカタと音を立てて、スケルトンの軍団と化していた。
「皆さん、お下がりください! 私が、聖なる光で、浄化を!」
「「「「やめてええええええええええ!」」」」
俺たちは、全員で、マリアを、必死で、止めた。
「ふはははは! この扉を開きたくば、我らが女神に関する、三つの問いに、正しく答えるがよい!」
次の部屋では、巨大な石の扉が、道を塞いでいた。
「お任せください、聖勇者様! 女神様クイズなど、私にとっては、赤子の手をひねるより、簡単です!」
アンジェラが、自信満々に、前に進み出た。
第一問『女神様が、最も、お好きな食べ物は?』
「答えは、もちろん、カリカリに焼いた、パンです!」
ブブーッ! という音と共に、天井から、大量のタライが、降ってきた。
第二問『女神様が、最も、お嫌いなものは?』
「答えは、信仰心なき、愚かなる者!」
ブブーッ! 今度は、壁から、無数の矢が、飛んできた。
第三問『女神様の、スリーサイズは?』
「なっ……! そ、そのような、俗な問いで、女神様を、測ろうなど、不敬千万! 神罰! 『ゴッド・スマッシュ』!」
アンジェラは、逆上し、クイズの扉を、ウォーハンマーで、粉々に、破壊した。
◇
もはや、パーティは、崩壊寸前だった。
仲間たちの、素晴らしいほどの欠点が、見事なまでに、負の連鎖を引き起こし、俺たちは、洞窟の奥で、完全に、身動きが取れなくなっていた。
アンデッドの軍団に、四方を囲まれ、天井からは、岩が降り注ぎ、足元には、無数の、落とし穴。
「ああ……もう、めちゃくちゃだ……!」
俺が、天を仰いだ、その時だった。
「でも!」
俺は、叫んだ。
「でも、だからこそ、俺たちが、いるんじゃねえか!」
俺は、仲間たちを見渡した。
そうだ。こいつらは、どうしようもない、欠点だらけの、ポンコツ集団だ。
でも、だからこそ、面白い。だからこそ、強いんだ。
俺は、叫んだ。
「サラさん! その方向音痴で、敵を、めちゃくちゃに、掻き乱してくれ!」
「えっ!? あ、ああ、任せろ!」
サラの、予測不能な動きに、アンデッドたちは、翻弄され、同士討ちを始める。
「ジンさん! あっちに、女の幽霊がいるぞ! 口説いてこい!」
「なぬっ!? 美女の幽霊だと!? ようし、任せとけ!」
ジンの、スケベな突撃が、敵の、最も強力な、リーダー格のゴーストを、引きつけてくれた。
「セレスティア! あそこの、敵が一番固まってるところに、思いっきり、魔法、ぶっ放せ!」
「え、ええ!? でも、暴発が……」「いいから、やれ!」
セレスアティアの暴発した魔法を、俺は、祝福パワーで、軌道を無理やり捻じ曲げ、敵の、ど真ん中に、誘導した。大爆発。
「リナ! そのドジを利用して、罠に、わざと、かかってこい!」
「ひどい!? でも、やる!」
リナが、派手に罠にかかることで、追ってくる敵を、道連れにしていく。
「アンジェラ! その、ズレた女神知識で、あの壁画の謎を、解いてみろ!」
「お任せを! 女神様は、左利きのハズ!」
彼女の、見当違いの行動が、なぜか、隠し通路のスイッチを、作動させた。
「マリア! そこの、壊れたゴーレムに、リザレクションを!」
「は、はい!」
マリアの、うっかり蘇生魔法が、敵だったはずのゴーレムを、俺たちの、頼もしい味方として、復活させた。
そして、その、めちゃくちゃな連携の、中心にいるのが、俺と、ソフィアだった。
「ユウキ! 次は、右! 敵の詠唱が終わる前に、あの燭台を、倒しなさい!」
「はい、ソフィアさん!」
彼女は、女神としての、膨大な知識で、的確な、未来予知のような指示を出し、俺は、仲間たちを、そして、彼女を、心の底から、信じて、戦場を、駆け抜けた。
数々の、死線と、トラップを、奇跡的、というか、完全に、むちゃくちゃなチームワークで、乗り越え。
俺たちは、ついに、洞窟の最深部へと、たどり着いた。
ただの、寄せ集めだった俺たちが、初めて、お互いの、どうしようもない欠点すらも、受け入れて、補い合う、「本当の仲間」に、なれた、瞬間だった。
最深部の、巨大な、封印の扉。
そこからは、これまでとは、比較にならないほどの、強大で、邪悪な気が、漏れ出していた。
そして、その扉の前には、黒いローブをまとった、数人の人影が、俺たちを、待ち構えていた。
「――よくぞ、ここまで来た、女神の使徒よ」
ローブの一人が、フードを取り、その顔を、現した。
それは、あの夜会にいた、蛇のような目つきの、法国の枢機卿だった。
「そして、まさか、女神本人も、ご一緒とはな。これは、我らにとっても、好都合というものだ」
枢機卿の言葉に、仲間たちが、息を呑む。
そして、全員の視線が、ソフィアに、注がれた。
敵は、知っていた。ソフィアの、本当の正体を。
物語は、もはや、後戻りのできない、最終局面へと、向けて、一気に、加速していく。
本当の、戦いは、ここから、始まるのだ。
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