性格歪んだ彼とのお付き合いの話
夕日ゆうや
第1話 初恋
ある春の日。
わたしは通学路を歩いていた。
前を歩いていた男子高校生がふらついた足取りで学校を目指していた。
同じ制服をまとった仲間。見捨てるわけにはいかない。
そっと近寄る。
「大丈夫ですか?」
「そのリボン、同じ学年か」
彼はそう言いきっと睨んでくる。
「俺に触れるな!」
わたしが伸ばした手が振り払われる。
なにが気に入らなかったのは分からない。
ただ拒絶されたという事実だけが残った。
端正な顔立ち。
整った骨格に、吸い込まれるような三白眼、細い眉。
金髪のショートヘアに、蒼い瞳。高そうなピアスやネックレスも見える。
顔だけはけっこう好みかも。チャラチャラしてそうなのは減点かな。
彼は二・三歩あるくとその場にうずくまる。
嘔吐した。
胃酸の匂いが辺りに立ちこめる。
「さすがに放っておけません。肩を貸します」
吐瀉物に触れるのも気にせず、わたしはいつの間にか彼の支えになっていた。
歩きながら彼は口を開く。
「変な奴だな。お前」
「なんとでも」
「俺は
「わたし? わたしは
自己紹介をしたらぐっと距離が縮んだ気がする。
「あさき、いい名前だ」
「ありがとう。お爺ちゃんが名付けてくれたんだ」
「そりゃ、おめでたいことで」
唯川は舌打ちをしながら、そんなことを呟く。
きっと皮肉で言ったのだろう。
歩いていると、また吐き気がしたのか、街路樹に顔を向ける。
「付き合わなくていいんだぞ。このままじゃ、学校に遅れる」
「別に。わたし体育嫌いだし。それに今はキミを助けることが重要だと心が言っているから。その次の地学は好きなんだけどね」
「……」
まるで幽霊でも見たかのような顔をする唯川。
それを何度か繰り返し、唯川とわたしは一時間遅れで学校に到着する。
保健室につれていくと、唯川はもともと白い地肌をしていたが、今は青ざめた顔をしている。
「俺は……」
「はーい。飲み過ぎですね。未成年の飲酒は禁止ですよ~」
さと子先生はのんびりとした口調で唯川の額をデコピンする。
「のみすぎ、って。アルコールですか?」
隣で聞いていたわたしは心底驚いた。
吹聴するつもりはないが、わたしは至って真面目な優等生タイプと言われている。
そんなわたしにとってアルコールや喫煙はどうにも理解が及ばない。
まるでいけないことをした子犬のように縮こまる唯川。
そんな彼が少し気になる。
こんな風になるんだったら、飲まなければいいのに。
「はーい。しばらくこの保健室で休むといいわ~」
さと子先生はベッドに唯川を案内する。
「あと、これビニール袋ね~。吐きたいときは身体を横にして~」
のんびりとした口調で説明している。
「そうそう。あなたはもう帰りなさい~」
わたしに向き直ると、さと子先生は真面目な顔をしていた。
確かに、ここにいても何もできないかも。
「じゃ、じゃあ……」
「悪いな。地学、遅れて」
唯川は青ざめた顔でそう言い、ベッドに横たわる。
適度に水分を摂るらしい。
「ちゃんと言えるんだ」
わたしはそう言ってから自分の教室に向かう。
唯川、彼の顔がいやに瞼に焼き付いている。
誰も彼の異変に気がつかなかった。
いや気がついていて、わざと放置していた気がする。
まるで腫れ物に触れるみたいな。
素直で、子犬みたいな印象だけど。
吐瀉物に触れた制服から洗い立てのジャージに着替えて教室に戻る。
「おっはー」
「よっ」
友達の
「おはよう」
「珍しいね。あさきが遅れるなんて」
「絶対遅刻しないタイプだと思っていたのに」
ケラケラと笑う椎名に対し、神妙な面持ちで言ってくる一条。
このふたりとは幼稚園からの付き合いで、幼馴染みをやっている。
家が近いわけではないけれど、毎週のように遊んで、毎日のように下校している。
そんなわたしたちはクラスにも馴染んでおり、平穏な日々を過ごしていた。
「てか、なんでジャージ?」
「体育、終わったよ?」
「あー。今、洗濯中」
事実、保健室のさと子先生に頼んである。
「どったの?」
「よごれた」
歯切れの悪い言い方をしたのは、唯川との関係を怪しまれるのが怖いからだ。
わたしは慎重にならざる終えない。
「あ。
一条の目がキラキラしている。
この学校で二番目に格好いいと言われている、いわゆる学園アイドルだ。
雑誌の読モをやっているらしい。
ちゃらついた様子もなく、落ち着いた大人の感じが女子からの人気が高い。
わたしは興味ないけど、一条の心にはヒットし、ぞっこんである。
ちなみに椎名も興味ない。
その先輩はこちらに笑顔を向けて手を振る。
それだけして帰っていく先輩。
「ふたりとも、恋愛に興味ないって、マジで損しているからね?」
一条は真剣な顔でこちらに向き直る。
「いや、私はがっちゃんがいるから」
がっちゃん。
アニメのキャラクターで椎名が心酔している。
彼女はがちのアニオタなのだ。
「はいはい。その言い分は飽きたよ」
「恋愛ねー」
わたしには縁遠い話だ。
だってわたしみたいなモブは、恋をしちゃいけないから。
それにわたしが異性とうまくやっていける自信がない。
だって、他の子相手だとガチガチに固まって緊張してしまうから。
「わたしが話せるのは椎名と一条だけだよ」
「まあ、あさきの場合はまずその人見知りを治すことだね」
「顔はいけているし、成績もいい。仲良くなれば明るいし、毒も吐く。いいと思う」
「バカにされているのかな?」
こめかみに指を当ててわたしは一条に問う。
「褒めているんだよ。女子であっけらかんとしているの、いいと思うよ」
「やっぱり、なんだかバカにされている気分」
「人の受け取り方って様々だよね……」
椎名がケラケラと笑う。
「そんな一般論聞きたくないし」
わたしは抵抗するかのように言う。
「真面目な話。あさきには気になる人、いないの?」
「気になる人ね……」
いないな。
ふと寂しそうな顔が浮かぶ。
いやいや、会って間もないから、そんなのあり得ないって。
その顔を振り払うように、ふるふると小さく首を振る。
「なんだ。いないのか……」
否定の意味と捉えたらしいふたりはそれ以上追求することはなかった。
返って好都合だったかもしれない。
今日はそれきり、特別なことはなかった。
春の風が桜を散らす。
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