チートたちが因習村RTAしてる間に美味しいキャンプ飯が出来てる話。
cherie
第1話
「なぁリク、そろそろ着くのか? その……なんたら村ってとこ」
「五形村です、
車内の空気はあまりよろしくない。
それもそのはずで、半分以上が初対面のメンバー構成の上、唯一ほぼ全員と面識のある男が運転に集中してしまっているのである。会話らしい会話もないまま、車は山道を走っていた。山深い道だが整備されたキャンプ場があり、近くには川も流れていて魚釣りも出来るらしい。そんな場所を見つけてきた発起人と、主催となったのが別人であったのがいけなかった。
「別の知り合いも連れてきていいか?」
などと言われては断りづらく、更には仲の良い大人をもうひとり連れてきたいと言い出した少女までいて、半数が初対面というキャンプが発足してしまったのである。
ところが集合場所で驚いたことに、この少女が連れてきた男と主催の別の知り合いというのが同じ家に暮らす者同士であったのだ。なので実際は3:3のイレギュラーを含んだ形できれいに分かれたグループ同士を無理矢理に一緒くたにした状態で、車は進んでいた。
「つーかお前ら、全然喋らねーけど車酔いとかしてねーか? 平気か?」
運転手が後ろを振り返る。車内の空気には流石に気づいていたのか、とみなが思うがそれよりなにより振り向くなと言った感じだ。
「前見ろハジマ」
「あー……起きてんならいいけど」
大きなバッグを抱えたしろい男に叱られて、運転手──羽島は前に向き直る。助手席に座る
「もう少し行くと道が開けるはずですよ。そしたらキャンプ場がすぐに見えるらしいので」
「おっけおっけ、……にしてもお前の身内の紹介で安く使えるって、なんか申し訳ねーよな。その人好きな食いもんとかある? 礼になんか作るけど」
「羽島先輩の料理をあれにくれてやるなんて勿体ないので俺がクッキーでも投げておくから大丈夫ですよ。それよりほら、あれじゃないですかね?」
少し見えづらいですけど、と匡博が呟けば、車の後ろの方で「確かにねえ」と声がした。
「不自然なくらい霧が煙ってるけど、キャンプ場のほうは大丈夫なのかしら?」
黒く艷やかな長い髪を揺らして女が隣席に笑みかければ、先程言葉を発した男は沈黙を貫き集合時から持っているやたらと大きなバッグを抱きしめるようにして体をそらす。
「なぁ
「違ぇよ。ペット連れてきたんだよ」
「出せよ今すぐ。鞄に詰めんなよペット」
「あ、問題ないのでお気にせず」
答えたのはまるで別人である。真ん中の座席に座っていた、この二人組とは別ルートで誘われた眼鏡の男がへらへらと手を振る。
「クロ……あー、
男が指をさし示す方角に、くすんだ看板が霧に紛れて見えてくる。
『五形村キャンプ場』
太いゴシック体で書かれたその文字を確認して、車は緩やかに速度を落としていった。
車から降りた途端、彼らは待ち構えていたかのように村人に取り囲まれた。やあ若い人がこんなに来てくれるなんて~といった定番の文句を投げかけられながら、半笑いで彼らは車から荷物を下ろしていく。その居心地の悪さからなんとなく結託感が生まれてスムーズに荷物の受け渡しなどができたのはある意味では僥倖だと言えよう。
「えっと……はいこれ、お願いね」
「了解しました。改めまして、
「ありがとリクくん。こっちもお願いしちゃって大丈夫かしら? ごめんなさいね、うちの比善が全然働かないから……」
「いえいえ、ペット? がいるなら仕方ないですよ。エリナさん、であってました?」
「ええ、わたしはエリナ。あっちのしろいのが比善で、そっちの女の子と知り合いだったのがヒューイね。わたしたちイギリスから来てるのよ、よろしくね」
「ほう、英国の方ですか」
会話に、不意に不躾なくらいに勢い込んで村人が首を突っ込んできたものだから、ふたりは驚いて顔を見合わせる。そんなに食いつかれるような話題だったろうか。
「そちらのお兄さんも英国からいらしたんですかな?」
「……えっ、俺?」
自前の調理器具を車から下ろしてきた羽島は、急に水を向けられてその碧眼を瞬いた。ああ、これと真っ黄色の髪色のせいかと納得しながら彼は首を横に振る。
「や、俺は半分くらいっすね」
実際羽島は英国の血が混じったクォーターらしいのだが、実父の家族構成がイマイチ判然としない為これがよくわからない。ただ、髪はともかく瞳の色は天然物だったので自分には海外の血が流れているんだなという自覚はあった。
その言葉を聞き、村人たちは色めき立ったように顔を見合わせる。
「……なんだ?」
「さあ、なんでしょ」
自分たちも海外勢なのだが、彼らの反応は完全に羽島に向いている。羽島当人もちょっとばかり面食らった様子で、助けを求めるように荷下ろしを済ませたこちらに目線を投げてくる。
「はいすみません、確認したいんですが!」
さっと笑顔で匡博が割り込むと、村人たちはすっと表情を変えてなんですかと好々爺の顔立ちで尋ねてくる。そういえば、やたらと老人が多く男性ばかりだが女性の村人は少ないのだろうか。
「こちらでも食材を購入できると伺ったのですが、果物なんかはありますか? やはりデザートがあると嬉しいなぁ、などと思いまして」
「ああ、それならあとで取りに来てくだされば差し上げますよ。お金はいりませんので」
「へえ、助かります。それじゃ、俺たちそろそろキャンプ場に移動させてもらいますね。お出迎えありがとうございました」
言うなり全員に軽く目配せをすれば、各々が荷物を持ってぞろぞろとキャンプ場へ移動を開始する。
「……なぁんか、変な感じ」
エリナがぼそりとぼやくが、彼女は振り返らずとも村人たちの視線を背中に感じていた。その視線が正しくは誰に向いているのかも──そう、それが羽島に対してであることも、彼らは理解していた。
そもそも、彼らはこの村に降り立った瞬間からなにやらきな臭いものを感じていたのである。それは村に漂う空気だったり、突然晴れた霧であったり、村人たちの妙な態度であったり様々であったのだが──
「よーし、いっぱい飯作るぞー!」
当の羽島だけが、なにも気づかず意気揚々と調理器具をガチャガチャ音を立てて進んでいくのだった。
+++
「なぁ、ちょっといいか」
「あ、はい。なんでしょう」
テントをふたりで組み立てていた匡博は、羽島の連れてきた初対面の男に突然声をかけられて目を丸くした。今まで黙々と作業をしていたし、車内でもろくに喋らなかった男に突然話しかけられたので驚いたが、その見た目にも僅かなりとも彼は驚いている。完全に色素の抜けた白髪に真っ白な肌色。蒼氷色の瞳も相まってひやりとした印象を受けるが、ぼそぼそとした声に然程棘はない。彼は少しばかり迷う素振りを見せてから、羽島がこちらを見ずに調理器具の支度をしているのを確認すると匡博へと改めて言葉を投げかけた。
「──マレビトって、どういう意味だ?」
「は?」
言葉の意味に惑ったわけではない。その唐突さに異質を感じて、匡博は首をひねる。しろい男──比善と名乗っていた──は再び羽島へと視線を投じると、ぼつりとぼやくように言った。
「さっきの村の奴ら、羽島を見ながらそう言ってた」
「……俺は聞こえませんでしたが」
「耳が良いんだよ、俺の」
「はあ」
言葉の意味は知っている。民俗学者であった折口信夫が提唱した概念で、異界からやってくる存在だとか神の原初的形態だとか呼ばれるそれだ。客神、などと綴られることがあるが、村人の言葉が羽島に向いていたというそれが理解できない。
「……此処、空気が悪いよな。連れてきてもらってなんだけどよ」
「あぁいえ、それは俺も感じてました。むしろ身内が適当な場所を教えて来て申し訳ない」
言いながらも手は止めずにテントを作り終えた匡博は僅かに考え込む。
そう、この村はおそらく奇妙だ。偏見ではない。彼がこの地に降り立ってから目にした端々に映り込んできた妙なものだって、それを物語っている。それを別の形で違和感として感じているのが比善の感性なのだろう。
おそらくではあるのだが、匡博は眼の前にいるこれを人間だと思っていない。多分なにかもう少し別の、これもまた異質ななにかだと推測している。羽島が友人だと連れてきたので気にしていないが、そんな異形が聞き咎めた言葉には確かに違和を感じるところがあった。
「わかりました。少し調べてみます。──が、羽島先輩の邪魔をしたくないので俺の動きはご内密にお願いします」
「……ん。こっちもちょっと動いてみるわ」
意外と話せる相手なのだろうかと、やんわり返ってきた返答に匡博は目を瞬く。比善は立ち上がり伸びをすると、眠いのか大口を開けて欠伸をした。その口元から覗く鋭い牙にも似た犬歯に、匡博は一瞬で考えを取りやめる。やはりこれは羽島の近くに置いておくのは危険かも知れない。しかし、今はこれではなく怪しげな村のほうを調べるのが先決だろう。
「先輩、現地で調達もできるって話でしたよね。俺とカイで釣りに行ってきてもいいですか?」
「おー、頼むわ。一匹でもいいから」
「一匹でいいんですか? なに作るんです?」
「アクアパッツァ作りてーんだよな」
魚なら塩焼きにでもするのかと思ったが思いの外専門的なやつが出てきて匡博は苦笑う。羽島らしい、とにかく料理を楽しむという姿勢を感じられてそんなところが──あぁいや、今はそれはどうでもいいだろう。
休憩していた女性陣のほうへと近寄り、彼は比善と同じくらいに真っ白な姿をした一見少年の風貌をした少女に声を掛ける。
「カイ、釣り行くぞ、釣り。羽島先輩のご所望だ」
「あぁ? ……まぁ、別にいいけど」
立ち上がるカイ──飼猫の肩を引き寄せて耳打ちすると、不承不承と言った感じで彼女は頷き釣り竿を取りに行く。それを見送った少女が、匡博に問いかけた。
「ねえまーくん、お魚ってどんな味がするの?」
「調理法によっては生臭いかな」
「ふぅん」
「……
ふたりが並んでいるとまるで姉妹のようだなと匡博は思う。漆黒の髪と瞳をした少女がふたり並んで連れ添っている様はまるで血縁者のようにも見えるがこのふたりもまた初対面である。
今回羽島が連れてきたのは比善とこのエリナという女性のふたりで、柘羅が希望して参加したのがこのふたりと同居しているというヒューイなる眼鏡の男である。匡博の目にはいずれも普通の人間には見えていないが、今のところ3人よりもこの村のほうが不穏さが強かったので一旦彼は思考を切り替えることにした。
飼猫が釣り竿をふたり分とクーラーボックスを持って戻ると、川を沿って行くふりをしてふたりはキャンプ場から抜け出し森の中へと入っていく。
「……で、あいつなんか狙われてんのか」
「なんだ、お前も気づいてたのか? 多分、羽島先輩が標的だろうな。なんでいきなり目をつけられたのかわからないから、今からそれを調べに行く」
「ふーん……じゃ、とりあえずあれじゃね?」
言って飼猫が指し示した先には、明らかにあからさまに怪しげなお堂のような建物があった。
「散歩に行きたいわ」
言い出したエリナに腕を掴まれて、比善はひどく不服そうな顔をした。だからと言って流水の近くをひとりで歩かせるのも嫌だったのか渋々と立ち上がり、羽島に少し場を離れることを告げる。黙々と野菜をアルミホイルで巻いていた羽島の生返事を受けると、比善はエリナに腕を引かれるまま川辺りに沿って小石だらけの道を山の上に沿って歩き出した。
「──それで。なにが目的なんだよ」
「あら、察しがいいのね。羽島くんのことだからかしら」
「うっせぇな、なんかきな臭えんだよ、此処」
当然、散歩に行きたいなどというのは方便である。エリナが確信を持って何処かを目指して進んでいることなど比善にはすぐに知れた。彼は魔力を持たない単なる半端な吸血鬼であったが、エリナは吸血鬼にして魔女である。おそらく魔力の流れだとかそんなものを辿っているに違いない。
「まあ、結論から言うとね。この村、多分なにか面倒なものを信仰してるのよ。羽島くんを都合のいい生贄にでもしたいんでしょうね。それで、此処からが面倒なんだけど──」
ひらり。黒揚羽のように髪が舞い、しろい男を振り返る。その不機嫌な相貌に向けて、彼女は笑いかけてみせる。
「いるわよ、面倒くさいことに──『本物』が」
「はぁ……それで? 勝てんのか?」
「あらやぁね、クロフィーゼ。あなた……誰にものを言っているの?」
温度が。一気に凍るように下がっていく。
クロフィーゼ。本名で呼ばれた男は、女が舌なめずりをしている姿をぼんやりと眺める。確かに此処には本物の、なにか面倒くさいものがいるのだろう。彼女の欲をそそってしまうような、なにかとんでもなく面倒くさいものが。
「──さ、だからまずはこういう、あからさまなやつから対処していきましょうね!」
楽しげに彼女が言えば、ふたりの眼前には明らかに人工的に作られたちいさな石の祠が現れる。古めかしい木戸に手をかけて、エリナは鼻歌混じりにそれを開いた。
「はーくん、わたしたちお手伝いもできないし、さっきまーくんが言っていたお野菜や果物を頂いてこようと思うのだけど」
「お、いいのか? なんか悪いな、使っちまって」
「いえいえ、ボクたちはハジマさんのお料理も食べられませんし、お役に立てることはこれくらいですので、ですよ」
柘羅に服の裾を引っ張られて、肉の下処理をしていた羽島は彼女とヒューイを交互に見遣ってから、「じゃあ頼もうかな」と呟く。
「できたら芋類と、いちごとか、あと柑橘系があると嬉しいんだけど」
「了解なのだわ。任せて頂戴」
「それでは行って参りますですよですね~」
ひらひらと手を振って男と少女が村の役場のほうへと姿を消すと、途端にキャンプ場には羽島ひとりになる。
「さて、結構人数いるしちゃちゃっと作らねえとなー」
羽島は料理人である。
特に人にものを食わせることを喜びとするタイプだったので、ヒューイが柘羅と同類の食事制限を受けているらしいというのは残念であったが時間が空けばふたりの分の調理も手伝うつもりだ。刃物を肉に滑らせ切れ込みを入れながら、羽島は自然と鼻歌を歌い出す。
自然の中でのびのびと料理をするなんて機会は滅多にない。実に楽しい経験だと彼は思う。やわらかな笑みは彼の女性のような顔立ちを更にやさしげな美しい顔立ちに見せ、差し込む陽光に黄色の髪が光った。青い瞳はすぐ傍を流れる流水よりも深く澄んでいる。
実にいいマレビトだ。
村人たちはそう確信する。
彼らは手に手に農具や包丁など、あからさまなものまで混じった凶器を持ち、そっと羽島の周辺の茂みに潜んでいた。なんと運のいいことか、連れが全員出払って目当ての贄がたったひとりきりになったのだ。長身の男だし、今は調理中で刃物を持ってもいるがこの大人数でかかれば生け捕りにすることなど簡単だろう──村人たちが、そう頷きあったときだった。
「あらあら、なんだか物騒な人たちがいるのだわ、ヒューイくん」
「本当に。怖いですよですね~?」
「──!?」
彼らは驚愕した。まったく真反対に歩いていったはずの青年と少女の取り合わせが、いつの間に自分たちの真後ろに陣取って佇んでいる。しかも、巨木の枝にぶらりとぶら下がる形で。
「な、なんだおまえら……」
村人たちは武器を向け、彼らを牽制しようとした。しかし少女は男の腕に抱きかかえられたまま、楽しげにしろい指先で村人たちの数を数え始める。
「ひぃふぅみぃ……うふふ、おじいちゃんだらけだから骨と皮ばかりだけど、これだけいれば少しはあるかしら──食べられるところも」
「そうですねえ。ボクは骨を煮込んでスープにするのなんかもいいと思うですねですよ」
「まあ! それってとても素敵なのだわ!」
なにを──言っているのだろう。
村人たちは困惑する。彼らの言葉はまるで、どう考えても──いいやそんなのはおかしいのだが──いやしかし、彼らはどうしたって今、
自分たちを『食材』のように扱ったように聞こえなかっただろうか?
「うふふ」
少女の唇から赤い舌が覗く。ぱっと男の腕から抜け出た柘羅は、勢いよく加速すると村人の懐にそのちいさな体を飛び込ませた。バカか。振りかぶった草刈鎌を男が振り下ろそうとしたときだ。
「あ……がっ……?」
ごぷ、と男の口元が鮮血に濡れる。
「いいことを教えてあげるのだわ」
黒髪の少女はしろい頬に返り血を花びらのように咲かせて、淡く笑む。その手には、無数の釘が打ち込まれたバットが握られていた。その飛び出した無数の釘が、男の腹を抉りいくつもの穴を作り上げている。一気に内臓まで到達したそれを引き抜けば、男はふらふらと腹を抑えながら倒れ伏す。村人たちに動揺が走り、この異常な少女をまず排除すべきだと意識が同調する。そしてそれはつまるところ、ミスリードに過ぎないことに彼らは気づかない。
「あは、バットで刺殺ってできるんですよ、ね」
ついさっきまで、そこの木の枝にぶら下がっていたはずなのだ。黄土色の髪をした男が眼前に現れ、その顔が逆さまであることを認識するより早く。
ごきり。
「はい♪ これでまっすぐですねですよ~♪」
絡めた両腕で村人の首が180度回転する。細腕の腕力だけで軽々と屠ってみせた一撃に、村人たちが脅威を認識する暇などない。
ぶんと振り抜かれた釘バットが後頭部を激しく打ち付け、突き刺さった釘はそのまま致命傷へと繋がる。倒れ伏す男の頭からずっと抜き取る釘はぬらぬらとした赤黒い血液に濡れていた。
「ひぃっ──!?」
悲鳴を上げて逃げようとした男は伸びてきたヒューイの腕に掴まり、ごきゃりと顔面を握り潰される。
「あんまり大きな声出さないでくださいな。ハジマさんに気づかれないように処理しなくちゃいけないんですから」
「そうそう。このあとお肉の処理もあるんだから、時間もかけていられないのだわ」
びょんとバネじかけの人形のように大きく跳ねたヒューイが、逃げようとした村人を取り押さえベキベキと音を立てながらその四肢を毟り取る。腰を抜かした男の前に、黒い少女が歩いてきてにっこりと微笑んだ。まるで無邪気なその笑みに、男は引き攣った笑いでこれに応えようとする。
「あなたが一番食い出がありそうなのだわ♡」
「ひ、ひぃいいいっ」
ぐしゃ、めしゃ、と音を立て男の頭部が潰れる音が響き渡る。複数人いたはずの村人たちはもうとっくにほとんどが息をしておらず、それどころか人としての形も保ってはいなかった。
それは最早、彼らの為に用意された肉塊でしかない。
朱逆柘羅は人を食う。それしかできない哀れな少女だ。こちらは人間であるが故にその悲哀さも多少は感じられるが、倫理観が壊れてしまっているのでどうにもならない。そしてヒューイはそんな彼女に浸け込んで日本で人肉食を得る屍人鬼。人の腐肉を食らう化け物である。
「ヒューイくん、素敵なのだわ……♡」
鮮血が彼の顔面を返り血で染めていく光景を、柘羅はうっとりと見つめていた。彼女にとって、彼は自分と同じ嗜好を持った王子様なのだ。そんな彼との共同作業。気合も入るというものだ。
柘羅はにこにこと、再びバットを振り下ろす。
「よし、ローストビーフはこれでオッケーっと。こっちはもっとじっくり火を通して……野菜もそろそろ火に入れておくか」
一方キャンプ場の調理場では、火を通し終えた肉を切り分けながら羽島が火の調子を確認しつつ残りの肉をじっくりと焼いているところだった。アルミホイルに包んだ野菜も同時に焼こうと準備する彼の背後で殺戮が起こっていることに、彼はまるで気づかない。
当然、何処ぞの魔女が此処に誘き寄せるようにと指示をして音を遮断する結界を張っていったからなのだが彼がそんなことに気づくわけもなかった。
じゅうじゅうと、肉の焼ける良い香りが漂っている。
+++
「男だが見目は随分とよかった。今年のマレビトはいがみさまにきっと喜ばれることだろう」
「そうですなあ」
「直に若い衆が捉えてくるでしょう」
お堂の中に、そんな声が響いている。村の有力者たちであるのだろう。若いったって、大体みんな爺さんだったじゃないかと飼猫は考えた。考えながら、彼らのほうへ向けてその指先をずいっと伸ばした。
「うっ……?」
「あ、ぐ……っ」
途端にバタバタと胸や喉を押さえて老人たちが倒れていく。飼猫は彼らの前に姿を現し、悶え苦しむ様子を睨めつけた。彼女がくっと指を曲げると村人たちの体内がかき混ぜられたかのように鈍い痛みが走り抜けていく。
「お、おまえはあのマレビトの連れの──」
「どうやって、此処へ入った……」
「どうって、普通に鍵開けて」
ほら、と目線で示された先に震えながら視線をやって、村人たちは驚愕する。そこには内側からしっかりとかけたはずの錠が転がっていた。人の手でこんなにはできるわけもないだろうというほどに、ぐしゃぐしゃにひしゃげて潰されて。それが目の前のしろい子供の行ったことであるというのなら、それはつまり今自分たちの体内で起こっていることは──村人たちが呻くのを聞いて、せせら笑うように飼猫は言う。
「へえ、意外とわかるもんなんだな。念動力って知ってる? 今それでおまえらの体ン中かき回してんだけど」
「……! …………っ!」
言われていることはよくわからない。だが察してしまう。この子供の手が直接体内に入り込んで自分たちの内臓をかき回して握り潰そうとしている様を彼らは想像した。そして慄く。
「おい、これあんま保たねえから早くしろよ」
そうこうしている間にも、村人たちの間を縫うようにしてスタスタと歩いていく人物に飼猫は声をかける。ひらりと手を振ってそれに答えた匡博は、神棚のような飾りを一瞥してから積み上げられた古めかしい書物を手に取りぱらぱらとめくっていく。それは読んでいると言うよりも本当に眺めているような速度で、雑に広げた巻物にちらっと視線を走らせると彼はふぅとため息を吐いた。
「……なるほど。それで羽島先輩をね。随分と巫山戯たことをしてくれる」
ぞわ、と一瞬苦しさも忘れるほどの寒気が男たちの背筋を走り抜ける。しかし匡博は彼らには興味すら示さずにスタスタとお堂の出口にまで歩いて行くと、その扉を蹴りで開け放つ。
「もういいのか?」
「ああ、もう全部見た。始末は任せる」
「あぁ? 俺がかよ」
嫌そうな声を発する飼猫に、匡博はゆるりと首を振った。
「お前じゃねえよ。……おい、いるな?」
「はっ」
匡博の声がかかるや否や、彼の前に人影が降り立つ。男たちは苦しみ悶えながらそれを確認して戦慄した。彼の前に跪く男の腰にははっきりとした凶器──日本刀が突き刺さっている。
始末しろ、と彼は言った。つまり自分たちがどうなるのか、彼らは察してしまい震え上がる。しかし悲鳴はあげられない。
「うるせえのは嫌いなんだよ」
ぎゅ、と飼猫が拳を握れば、彼らの声帯は締まり言葉一つ発せなくなる。飼猫と入れ替わるように入ってきた長身の青年はすら、と刀を抜き放つと冷ややかな声で言い放った。
「主の命だ、悪く思うな」
「そいつらが悪人だから問題ない」
「承知」
そして、白刃は振り下ろされる。悲鳴など上がることもなく処理を終えた青年が顔を出すと、釣具を持ち直した匡博が彼に再度命じる。
「此処以外にも死体がいくつか出てると思うから、始末しておけ。くれぐれも羽島先輩には見つかるなよ」
「承知しております、主様」
「じゃ、あと任せた」
それきり見向きもせず歩いていく匡博を、飼猫があとから追いかけ、そして問う。
「なあ、折鶴呼んでたのか?」
「呼んでなくてもついてくるんだよ」
「ふーん。……っていうかあいつ、どうやって此処まで来たの」
「さあ。チャリじゃね?」
「つまり、マレビトっていうのはこの村の外からやってきた神の為の生贄って意味らしい」
飼猫の能力で簡単に釣り上げた魚一匹をクーラーボックスに詰めながら、匡博は今しがた見てきたばかりの記憶を掘り返す。記憶のページをゆっくりと捲りながら記憶を辿りながら、彼はこの村の因習を飼猫へ説明していく。
「できれば外国人の女がいいらしいんだが、その点羽島先輩は見た目があからさまで女顔だからな。奴らのお眼鏡にかなったんだろう」
忌々しいこった、とぼやきクーラーボックスを担ぐと、彼は川辺りをのろのろと歩き出す。それに続きながら、飼猫は彼に問うた。
「生贄って、具体的になにされんの」
「この村の五箇所に祠があって、そこに両手足と頭をもがれて納めされるらしい」
「うわ……なんだそりゃ」
「そのままだよ。それで五形村。五つの形に贄を当て嵌め、新たな神の依代とせん。どうやらこの土地の神はちゃんとした肉体を持っていないから、それが必要って設定らしいな」
ふぅん、と生返事を返しながら、飼猫がぴたと足を止める。その足元には、かつて祠だったのであろう石の欠片などがボロボロと転がっていた。
「こっちは大丈夫そうだな」
「だな。意外と便利な人たちで助かる」
「よしよし、いい感じだな」
わざわざ持ち込んだ専用のパエリア鍋で米から作り上げたパエリアの出来を眺め、羽島は満足そうに呟いた。
「先輩、お疲れ様です。すみません、魚が本当に一匹しか釣れなくって……」
「あー、いいよ。元から一匹で足りるから」
そこにクーラーボックスを携えた匡博と飼猫が戻ってきて、羽島は魚を受け取るとその鮮度に満足気に頷く。
「なにかお手伝いすることありますか?」
「あー……ちょっとだけ火の様子見ててもらっていいか? これ以上弱くなったら声かけてくれよ。俺ちょっと一服してーわ」
匡博が了承すると、羽島は少し離れたところに置いてあった椅子に腰掛けて早速煙草に火をつける。もともとチェーンスモーカーだが運転中と今までは我慢していたのだろう。
「ヤニカスの生贄なぁ……」
ぼそっとぼやいた飼猫は後ろから匡博に頭を叩かれて沈黙した。
+++
さて、祠を破壊して回っていた比善とエリナ──もといクロフィーゼとミラルカであるが、彼らはいよいよ最後の祠へと到達しようとしていた。匡博のように古文書的なものを読んだわけではないが、破壊してきた祠にミイラ状態になった手足があれば最後のこれは頭部でも入っているだろうことは予測ができる。そしてミラルカの言葉が正しければ、此処にいるものこそが『本物』ということだろう。
「じゃあクロフ、囮お願いね♡」
「てめぇ巫山戯んなよミラルカ……」
言いながらも、クロフィーゼは大人しく祠の前へ行き、観音開きの扉へと手をかけて一気にそれを開け放つ。
「あ……?」
途端、彼は喉笛を食い千切られてしろい顔面を赤い血で汚した。飛び出してきた頭部が歯を剥き出しに、彼の首元へ食らいついたのだ。
吸血鬼が逆に首を噛まれるだなんて情のない話だと思いながら、クロフィーゼは自分の肉ごと首に食らいついたそれを鷲掴み毟り取る。頭部から動揺が伝わってくるが、その眼の前で見る見るうちに彼の傷は塞がっていく。超絶的な回復能力があればこその話だが、これがなければあと数回は殺されていたかも知れないほどの怨念めいたものをクロフィーゼは感じた。
「おい、結構やばいんじゃねえかこれ」
「んん、そうねえ……。予測はしてたけど、これは本物だわ」
肩を竦めながら、ミラルカがポケットから取り出した小石をクロフィーゼに向けて投げつける。バラバラと足元に散らばったそれを見て、クロフィーゼは血相を変えた。
「ばっ、てめぇミラルカ巫山戯ん──っ」
ドゴォっと音を立て彼の足元から火柱が上がる。空気が渦を巻き周囲を切り裂き、何処からともなく稲妻が飛来した。そして最後に大量の水がその頭上から降り注ぐ。
「ふぅん、エレメント攻撃は効かない感じ? いや、そうでもないか」
力を溜め込んだ魔石の攻撃で属性相性を確かめたミラルカは、じわじわと傷を回復させているクロフィーゼとその傍に浮かぶ頭部を眺めてにたりと魔女の笑みを浮かべた。
「風が弱点なんて、可哀想ねえ。わたしの専門なのよ、それ──」
「ちっ」
彼女が周囲に浮かべるかまいたちのような風の刃を見て、クロフィーゼは舌打ちしながらも頭部を抱え込んで離さない。
「肉を切らせてってやつ? いいわよぉクロフ、わたしそういうの、嫌いじゃないわ♡」
「俺はてめぇが嫌いだよ!」
「うん、知ってる──」
黒い女の指先が、ついと伸びる。風の刃が降り注ぎ、クロフィーゼごとすべてを切り裂いていく。しかしミラルカはその背後、祠から更に這い出るようにして姿を覗かせた『なにか』に目線を向けて、ちいさく舌を打つ。魔力攻撃が届いていない。これはつまり、此方側の魔術が通用しない相手ということだろう。それは非常に面倒くさい──が。
「つまり、ぶっ刺しちまえばいいってことだろ」
そう。此方の理で作られた魔術が通用しないのであれば、単なる力で対応すればいいだけのこと。クロフィーゼが何処からともなく取り出した長剣で背後の『なにか』を貫けば、それは断末魔の叫びを上げてボロボロと崩れ落ちていく。憐れね、とミラルカは思った。
この地に、世界に巣食うために此方側の肉体を犠牲にし続けなければならなかったもの。神だなどと呼ばれていたのだろうが、これはただの向こう側からの侵蝕者からに過ぎない。
この神はきっとこの村に豊穣をもたらしただろう。安寧ももたらしてやったのだろう。贄というそれを代償に。そんなのって。
「バッカみたい」
「はぁ~、歩き疲れちゃった。羽島くぅん、なんかおやつない~?」
「あのなぁエリナ、飯の前に甘いもの食うやつがいるかよ」
「だって疲れちゃったんだもん」
我儘を言うエリナに、羽島は仕方ねえなあと言いながらビスケットとマシュマロを取り出す。
「これ軽く炙ってビスケットで挟んで食ってろ」
「やったぁ! スモアやってみたかったのよね。比善も食べるでしょ?」
「ん……まぁ、疲れたし」
珍しく素直に返事するのを羽島は不思議そうに見遣るが、それより料理の具合が気になって仕方ない。アクアパッツァはもう完成して、肉もほとんどが焼き終わった。野菜の火の通りもいいし、残りはスープでも作るかと余った野菜を集めて彼はテキパキと手を進める。
実に機嫌よく、楽しげな様子で調理を進める羽島を眺めて誰もが安堵し、そして彼に知られなかったことにほっとしていた。
よもや命を狙われて生贄にされかかっていただなんて、この一般人は知らなくていいのだ。
「あー、本当はカレーも作りたかったんだけどよ。流石に無理だよな、パエリアあるし」
「カレーはニンジンが入るからいやだ……」
「好き嫌いすんなつってんだろ所宮」
羽島が呆れたようにぼやいたときだった。柘羅がずりずりと鞄を引きずってきて、彼に問う。
「ねえはーくん、これデザート?」
「あ!?」
少女の問いに、跳ね上がるように反応したのは比善である。慌ててその手からバッグを奪い取ると、ぶんぶんと首を振る。
「違う違うっ、これは俺の──ペットだ!」
「ペットって……」
「それ、スイカじゃ……?」
そう、スイカである。比善の抱えるバッグからは、緑色の艷やかな肌に黒い縞模様が特徴的なまん丸の果実が覗いていた。しかし比善はまた首を振る。
「ペットったらペットなんだよ、ほら、名札もついてんだろ!」
取り出されたスイカは下半分が植木鉢に植わっており、そこに「うお太」と書かれた名札がぶら下がっている。なるほど、本当にペットとして飼育しているらしいとイマイチ理解できないままに頷きつつ、彼らは変わったやつだなというシンプルな感想を比善に抱いた。
「つーか、人のカバンを勝手に漁るなよな……」
「それはごめんなさいね。でも開いてたから」
柘羅が言うと、比善は訝しげに眉を顰める。開いてた? 此処に来てからまだ一度も開けた覚えなどないバッグが?
不審そうにする比善の背後から近づいてきたヒューイがそっと耳打ちしてくる。
「ボクらが『取り逃した』肉の近くに転がってましたよ。食事、したんじゃないです?」
「……ああ、なるほど」
襲撃してきた村人を一部取り逃していたふたりが発見した時には、体の中から血液だけを抜かれたように干からびた人間が数人そこに転がっていたという。既に処理したので羽島の目には入っていないらしいが、思わぬところで自分のペットは活躍していたようだ。
ふ、と比善が機嫌よくスイカを撫でるのをやはり不自然なものを見るように周囲は眺めた。
「ところで──申し訳ない話なんですが」
不意に匡博が口火を切る。
「村の方に聞いたのですが、どうにも今晩くらいから急に天候が悪化するらしくて、キャンプ場に泊まるのは難しそうなんです。残念ですが、食事をしたら日帰りになるかと」
「えっ、マジかよ。じゃああとで村の人にお礼言いに行かねーと……」
「それなら俺が代表して言っておいたのでご安心ください。さっ、それよりお腹が空きましたよ。羽島先輩のキャンプ飯、味わわせていただきたいところです」
「俺も腹減った」
「わたしもー」
わらわらと手が上がり、羽島は照れくさそうにしながらも料理をみなの前に広げて言った。
「さ、好きに食ってくれ。自信作だぜ!」
──彼らがキャンプ場をあとにして少し。
ぼうっと、山から火の手が上がった。折鶴は始末した村人や建物が焼けていくのを眺めながら、火の手の周りがやけに早いことに首を傾げる。彼の足元に魔女のばら撒いていった魔石が落ちていることに、彼は気づかなかった。
「……俺もそろそろ引き揚げどきか」
当然だが、折鶴は勝手に主である匡博のあとを追ってきたのでキャンプ飯は食べていない。美味しそうだったなぁ、と遠目に見た料理を思いつつ、彼はよし、と気合を入れた。
「さて、戻るか……徒歩で」
因習と本物に成りえなかった神の支配した村が燃え尽きていく。だがその存在を知る者も、覚えている者ももういない。
記憶にあるのはキャンプ飯の美味さ、もうそれだけなのだった。
チートたちが因習村RTAしてる間に美味しいキャンプ飯が出来てる話。 cherie @cherie_0428
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