侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中! 〜(カドカワBOOKS10周年記念長編コンテスト中間選考突破)

のびろう。

プロローグ

「ああ……これは、死にかけてるな。……いやいや、ちょっと待って?」




静かだった。




重たいまぶたの奥で、うっすらと誰かの泣き声が聞こえる。


濃い香草の香りが鼻を刺し、喉はカラカラに乾いている。


自分の体がまるで石のように動かないことに、僕はようやく気づいた。




(……僕は、誰で……どこに……)




思考は濁っていて、何が現実で何が夢なのかすら定かでない。


けれど、そのとき突然、頭の奥に“それ”は響いた。




【状態異常:呪病】


HP残量:2% 生命活動:限界


インベントリの使用を推奨します


使用可能アイテム:《神命の雫》――使用しますか?


【YES/NO】


「……へ、え……?」




死にかけている意識の中で、明らかに場違いな文字列が表示されている。


しかも見覚えがあった。これは、僕が設計していた……あのゲームのステータスウインドウだ。




(ステータス……インベントリ……これは、まさか)




急激に意識が冴えていく。


崩れかけていた記憶の中から、自分の名前が浮かび上がってきた。




志真一誠。50歳。現役のゲーム開発者。


VRMMORPGのマスターアップを終えたその瞬間、意識を失い――




(……転生? いや、これは……!)




震えるように意識の中で「YES」と念じると、次のウインドウが開かれた。




名前:イッセイ・アークフェルド


年齢:5


種族:人間 ジョブ:侯爵家三男


スキル:ステータスウインドウ、インベントリ、鑑定、言語理解、剣聖、賢者


称号:転生者/起動者


状態:呪病(進行度:98%)/瀕死


インベントリ:使用可能


「なるほど……この世界は、そういうことなんだね。


だったら――まだ、やれる」




最後の気力を振り絞って、意識をインベントリへ向ける。


そこに、確かに存在していた。




《神命の雫ラストエリクサー》


使用すれば、どんな病や毒も回復し、死の一歩手前からでも完全に蘇生する、最上級の回復アイテム。




(チュートリアル用に設定してた回避アイテム……まさか、自分で使う日が来るとはね)




僕は、少し笑った。


指先で、虚空の《YES》を選ぶ。




《神命の雫》を使用しました


状態異常解除


HP全回復


ステータス異常:消失


次の瞬間、体中に温かな光が満ちていくのを感じた。


焼け付くような熱と冷たさが同時に引き、息が楽になっていく。




「……ふぅ……助かった」




ようやく意識が浮上する。耳の奥で、誰かが叫んだ。




「イッセイ様! イッセイ様! お目覚めです!」




金髪の少女――侍女らしいその人が、泣きながら僕に抱きついてきた。


その奥に、安堵と驚きに満ちた家族たちの姿が見える。




だが、僕の意識はもう別のところにあった。




(これは本当に、“あのゲーム”の世界そのものだ……)




スキル、ステータス、インベントリ。全てが連動している。


細部は違えど、構造は一致していた。


もしかしたら、僕が開発した世界が、何らかの形で“こちら側”に再構築されたのかもしれない。




(……ふふ。これは、とんでもなく面白いことになってきたね)




まだ身体は重かったが、心の奥では確かな興奮があった。




「ねぇ、エリナ。……ちょっとだけ、空が見たいな。カーテンを、開けてくれる?」




「はいっ、すぐに!」




少女がカーテンを引くと、朝の陽光が差し込んだ。


柔らかな風が窓から入り、鈴の音のような小鳥の声が遠くから響いてくる。




目を細めながら、僕はそっと呟いた。




「さて。まずは体を治して、勉強して、修行して。


それから世界を回って、美味しいものを食べて、面白い人たちに会って、できれば少し恋もして……。


……うん、やることはたくさんあるな。楽しみだ」




小さく、しかし確かに笑みを浮かべた少年の横顔には、


かつての疲れたプログラマーではなく、希望に満ちた冒険者の光が宿っていた。




――こうして、“侯爵家三男”としての第二の人生が静かに始まる。


その旅路の先で、何人もの仲間と出会い、数々の運命に翻弄されることなど、この時の僕はまだ知らない。




けれど、ひとつだけ確かなのは――




次の人生、僕はこの世界で思いきり“生きる”。

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