幸せの十年花

冬めくもみじ

1.誕生日プレゼント

 この世界では誕生日に往々として流行の装飾品や綺麗な宝石類などをプレゼントにすることが多い。

 その影響か、街中では似通った装飾品を身に纏う者で溢れ返っている。

 あれが欲しい。それ素敵だね。これは流行る。巷ではそんな話題で持ちきりだった。

 しかし、その流行りに興味のない者もいた。それが本日、誕生日を迎えた少女。フィオナ・フラウスローズだ。


「誕生日――! プレゼントはどんな花かな?」


 その弾んだ声が期待に胸をどれだけ膨らませているか表していた。

 次第に声だけでは収まらなくなり、ふふーんと鼻歌交じりにバレリーナのようにくるりと舞い踊ってみせる。赤い髪紐で縛った後ろ髪が左右に揺れ、透き通るような琥珀色の瞳が窓明かりに照らされ輝く。

 そのしなやかな身のこなしの舞いは齢7つの少女であることを一時でも忘れさせた。

 その様子を彼女の両親は密かに微笑ましく見守っていた。


「えっと、昨年のプレゼントはチューリップで一昨年はヒヤシンス、その前はフリ……えっと、フー……」


 フィオナはこれまでの誕生日プレゼントを思い返していた。窓辺から見える花壇を見つめながら、一輪ずつ指を差し答えていく。その途中、4歳の誕生日に貰った花の名前が思い出せず行き詰まっていた。

 フィオナは頭を抱えながら、『あなたの名前は?』と愛らしく花に尋ねた。その時点でやはり年相応だと感じられる。

 案の定、答えは返って来なかったが――


「フリージアね」


「そう! フリージア! あれ……?」


 声の聞こえた方を振り向いたフィオナは、扉の後ろに必死に隠れようとしている両親を見て小首を傾げた。先ほどの声は母だった。


「あ、お母さん、お父さんもいるの? どうしたの?」


 物陰で密かに見守っていただけに、父は慌てて母と言葉を交わしている。


「いやぁ、まあ、誕生日会の準備ができたから呼びに来たんだ……ね!」


「そう、そうよ! フィオナの好きな料理だらけよ!」


「やったぁ!」


 フィオナは窓辺から離れて再び舞い踊り、目を輝かせながら両親の手を取り足早にダイニングへと向かう。両親はフィオナの上機嫌な様子に顔を綻ばせていた。


 誕生日会の準備が整ったテーブルの上には、豪勢な手料理の数々が並べられている。

 一年の中でこの日だけは奮発して盛大に祝うと決めていた。この家のルールだ。

 そんな誕生日会が始まって早々、両親は葡萄酒に手をつけ飲み始めていた。実は飲みたかっただけかもしれない。


「フィオナ、今回の料理は父さんも手伝ったんだ。この芋煮がそうだ!」


 早くもほろ酔い気分の父は自信満々に小鉢を指差す。歪に切られた芋煮が積み重ねられてあり、とても一口では食べられない大きさ、口まで運べるか微妙な大きさのものが積み重なっている。


「どうりで芋の大きさがバラバラで少し固いと思ったよ」


 加えて、煮込みが甘い芋も混じっているようだ。

 

「そりゃあ、母さんじゃないからな。多少の良し悪しは見逃してくれ」


「うん、でもおいしい」


 フィオナは並べられたカトラリーを惜しまず使っている。それほど食べにくいのだろうが、口に運んだ後は美味しそうに頬張っている。

 その姿に父は感銘を受けていた。


「……フィオナ、なんていい子なんだ。将来は母さんみたいに美人で優しい奥さんになるよ。うん、そうだ。そうに決まっている!」


「あら、何言っているの……恥ずかしいじゃない」


 フィオナの両親は飲み干した葡萄酒のおかげで既にできあがってしまっている。母は恥ずかしいと父の肩をポコポコと叩いていたり、父は母を褒め倒していたりと、二人だけの空間に入り込んでいた。

 フィオナはそんな両親に構わず料理を頬張り、あれだけ並べられていた料理のほとんどを平らげてしまっていた。


 やがて食事を終えると、休憩も含めて家族でしばらく談笑した。これまでの思い出や今年やりたいことなど、話題は尽きなかった。

 そして話題は誕生日プレゼントへと移る。母は料理とケーキが誕生日プレゼント。父からはリボンで装飾された花柄の封筒が手渡された。封筒は底部分が少し膨れ上がっており、それ以外は全体的に薄っぺらい状態だ。

 フィオナは小首を傾げた。

 普通であれば期待に胸を踊らせているだろうが、今回ばかりは疑義の念を抱いているようだった。

 しかし、危険なものや期待外れなものなど贈られるはずはないだろうとそのまま開封していく。

 手のひらの上で封筒を逆さまにすると、紙の擦れる音と共に植物の種らしきものが一粒転がり落ちてきた。雪の結晶ように白く輝いているそれはひまわりの種に似た形状をしている。


「これは?」と、フィオナは訊く。


「十年花っていう花の種だ」


「十年花……?」


「実は、仕事帰りに壊れた植木鉢が道端に転がっていて、子供っぽい字でそう書いてあったんだ」


「待って、それを持ってきたってこと?」母がすかさず確認する。


「勝手に持って来てはいないよ。近くの家にいた庭師に訊いてみたら、お嬢様が捨てられたものですねって言っていたんだ。花が好きならどれでも好きなだけ差し上げますよって言われて、花壇の花とかついでに色々と譲り受けたんだよ」


「捨てられたって、酷い……」


 フィオナは悲しげに呟く。


「どうりで花壇が華やかになったと思ったわ……でもあなた、貰い物をプレゼントにしたったこと?」


 母は父の行動に疑問を抱いていた。


「いや、確かに貰いものだけど、調べてみたらすごい花だったんだよ!」


 得意げに父は話し始めた。


「十年花は遙か西の島にしか自生していなくて、10年目のその日だけに開花する幻の花らしいんだ。見た者に幸せが訪れるという伝承もあるみたいで、フィオナは喜ぶかなって…………」


「でも、すまないな……本当はみんなと同じようなものが欲しいだろう? 無理してないか?」


 フィオナの家は決して裕福とは言えない家庭環境だった。両親は休日も働くことがあり、共働きで何とか生活費を工面している状況だ。そんな中で誕生日プレゼントに高価な装飾品、ましてや宝石類など到底手を出せる余裕はなかった。

 両親はそのことでフィオナが孤立してしまわないか心配していた。

 その周りとは違う状況をフィオナは幼い頃から感じていた。両親の苦悩を一番傍で見ていたからだろう。

 それが要因であるかもしれないが、フィオナは次第に他のものに興味を向けるようになった。

 その中で心惹かれたものが花だった。


 花は宝石に勝る。


 純粋にそう思っているのだろう。フィオナは同い年の子が喉から手が出るほど欲していた流行り物には目もくれなくなった。


「ううん、欲しくないよ」


 故に無理はしていない。首を左右に振った。今は花がフィオナにとっての流行り物であり、喉から手が出るほど欲しいものだ。


「ありがとう! お父さん」


「良いんだよ! フィオナのためだからな」


「お母さんも変なものじゃないか心配してくれてたんでしょ? ありがとう。お母さん、お父さんからのプレゼントはなんでも嬉しいよ! 大好きっ!」


 フィオナは両親に駆け寄り、勢いよく抱きつく。


「自慢の娘だ!」「お母さんもフィオナが居てくれれば何もいらない。それくらい大好きよ」


 母もフィオナを包み込むように抱き、その上から父が優しく抱きついた。


「「お誕生日おめでとう。フィオナ」」


「ありがとう。今までで一番嬉しいプレゼントだよ!」


 フィオナは早速、種を持ったまま庭の花壇へと向かった。玄関のすぐ横にある花壇には多種多様な花が咲いている。

 フィオナは唯一空けておいた中央の特等席に十年花の種を植えた。


「大切に育てれば、フィオナが17歳になったら咲くはずだよ」


「えっ、でも元々育てられてたならあと何年かでしょ?」


 植木鉢に植えられていた種を譲り受けた。それは途中まで育てられていたということ。芽は出ていないがさらに十年後にはならないと考えたのだろう。


「定期的な水分補給がなければそこで生長が止まって、再び生長するにはさらに10年かかるみたいなんだ。結局は育て続けることが大切なんだよ」

 

「なら私が10年育ててみせるよ! きっとすっごく大きな花が咲くんだよ」


 フィオナは目を輝かせて花壇を見つめる。幻の花、それが彼女の心を一層突き動かし、夢中にさせていた。


「早く10年後にならないかなぁ……」


 未来への希望を思い描きながら、毎日、早く時が経つことを願い、お世話を続けていた。


 翌年には芽が出た。土の中から慎重に外の世界を確認するように目だけを出している。そのくらい僅かであった。


 5年目になれば10センチほどにまで生長し、葉も大きく、茎も太くなっていた。


 7回目の春を迎えると、ようやく小さな蕾が姿を現した。


 それから年々、十年花の蕾は大きく育ち、綻ばせ始める年を迎えるだけだになった。

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