もう一人

ヤマ

もう一人

 友人の馬場ばばの家で宅飲みすることになった。

 参加者は、彼を含め、いつもの仲間四人。


 古い一軒家に、彼は今、一人で暮らしている。


 予定よりも二十分早く、俺はその家の前に着いていた。

 インターホンを押しても、応答はない。


 電子音が鳴り終わった頃、「仕事で遅れる」という彼からのメッセージが来ていたことを思い出す。友人二人も、時間ギリギリになると、家を出るときに連絡が来ていたから、自分が一番乗りということになるのだろう。


 鍵は、玄関脇の鉢植えの下にある。

 馬場曰く、合い鍵がそこにあると知っているのは、彼自身と俺、友人二人の計四人だけだそうだ。


 自分が不在のときは、家に入ってもらって構わない――


 俺達を信頼してくれているのだろう。

 そう言って笑っていた彼を思い出しながら、鉢植えの下から鍵を回収して、玄関の扉を開けた——





 そして。

 数秒後には、全速力で家を飛び出し、通りの向こうまで駆けていた。





 心臓が、肋骨を内側から殴るように暴れていた。

 呼吸を落ち着かせながら、先程の出来事を思い出す。





 玄関の中。

 見えたのは——廊下の先のリビングにいる、馬場の姿だった。


 ソファにゆったりと座る彼は、俺に気付いて顔を上げ、微笑んだ。


 手には、赤ワインの入ったグラス。

 テーブルには、オードブル。


 まるで、すでに飲み会が始まっているかのようだった。



 だが、俺は知っている。



 合鍵は、いつもの場所にあった。

 玄関の靴などからも、他の友人二人が先に来ているということはないはずだ。

 そして、馬場本人も、「遅れる」と、連絡してきた。



 つまり、今、この家には、誰もいるはずがない。



 しかし、それだけなら、俺に対するサプライズの可能性もあっただろう。


 さらに、不可解だったのは。

 リビングからやって来る馬場が、俺に対して言ったことだった。





「……ようやく来たね、安藤あんどう君」





 下の名前でも、渾名でもなく、「」。

 そんな呼び方を仲間内でされたことなど、一度もない。


 それを聞いた瞬間。


 目の前にいる、見慣れた顔をした存在に寒気がして、走り出していた——



 

 俺は、スマートフォンを取り出し、馬場に電話を掛けた。


 数コール後、「はい」と聞き慣れた馬場の声。

 喧騒も聞こえる。

 職場だろう。

 明らかに、家ではない。


「悪い、もうちょっとでなんとか終わりそうだから、先に飲んでてくれ」

「……なぁ。今、お前の家に誰か来てるか?」

「は? あとの二人がもう着いたのか?」

「いや、そうじゃなくて……。親戚とか、俺達以外で誰かいることとかって、あるのかなって……」

「あるわけないだろ。何言ってんだ?」

「……リビングに、お前がいた」


 沈黙。


「本当に何言ってんだ……?」

「……なぁ。玄関の鍵のこと、俺ら以外にも誰かに教えたか?」



 俺は、遠くに小さく見える、馬場の家に目を遣った。



 そして、息を呑む。



「……いや、安藤君ら以外には、誰にも——」



 耳元の言葉が、すり抜けていく。





 二階のカーテンの隙間から、誰かがこちらを見ていた。





 満面の笑みで、ゆっくりと手を振っている。


 まるで——


 俺が来るのを、ずっと待っているかのように。





 それは、

 彼の顔で、

 彼のように笑い、





 だが、彼ではない、何かだった。

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もう一人 ヤマ @ymhr0926

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