ショートシーン

木村ユキムラ

第1話「缶コーヒーは、ブラックで」 (月曜日)

仕事帰り、駅前のコンビニ。


LEDの明かりが、雨粒をきらめかせていた。




氷川リンコは、雨混じりの強い風に肩をすぼめる。


レジに並ぼうとした瞬間、後ろから聞き慣れた声が届いた。




「…ブラック派だったよな?」




振り向くと、缶コーヒーを持った先輩が立っていた。


ネイビーのスーツ、少し濡れた前髪。


あの会議での鋭い眼差しとは違って、今は少しだけ柔らかい顔をしていた。




「…えっ、覚えてたんですか?」




受け取った缶はほんのり温かくて、手元がじんとした。


先輩は、照れ隠しなのか視線をそらしながら言う。




「別に。広報部の報告資料、ちゃんと読んでたってだけ」




「そんなわけないじゃん。報告書に好み書いてないし!」


笑いながらリンコは一歩近づく。ほんの少しだけ、足元の雨が跳ねる。




「…ありがとうございます。ブラック、沁みるかも」


そう言って一口飲んだとき、先輩の表情がふっと和らいだ。




改札の音が鳴る。次の電車が近づいてくる気配。


ふたりは言葉を交わすでもなく、缶コーヒーを片手に並んで歩き出した。




傘はそれぞれにある。


でも心の距離は、ちょっとだけ近づいた夜だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る