”日常の崩壊”を読んで
物語は静かに始まる。鉄の匂いが漂う町ヨグで、まだ幼いヴァネッサが家族と共に過ごす平穏な日常。学校のテストで百点を取り、母に褒められ、市場で人参と玉ねぎを選ぶ。その一つひとつの描写が、決して大げさではなく、淡々とした言葉で重ねられるからこそ、読者は無意識に「続く平穏」を信じ込む。
だからこそ、悲鳴と共に訪れる崩壊は鮮烈だ。父の声が震え、母の手が汗ばみ、群衆が押し寄せる狭い門が絶望を形づくる。守るために剣を抜く父と母、そのすぐ横で幼い娘が必死に小さな友の手を握りしめる。その対比が痛ましく、また確かに美しい。
印象的だったのは、ゴランが「俺のことはいいから逃げろ」と告げる場面だ。台詞はあまりにも直截で、言い尽くされた表現のはずなのに、この状況下では驚くほどの重みを持つ。説明ではなく、必然として響いてくる。
描写は全体に素朴で飾り気が少ない。だが、それがかえって残酷な光景に鋭さを与える。食卓を囲んで笑っていた直後に、同じ登場人物たちが血にまみれているという落差が、読み手の胸を圧迫するのだ。
「継承されるダガー」という題が示すものは、この先に続く物語の核であるはずだ。日常が壊れる瞬間を丁寧に積み重ねた第一章は、その名にふさわしい導入だった。