第6話 懸念
エアロックの内壁を潜り抜けると、その先の通路は上方へ垂直に曲がっていた。頭上のハッチがスライドして開くと、すぐそこには機体制御モジュール中枢部があった。狭いハッチをぬけあたりを見渡すと前後に長い空間があり、スパイナの身体を固定するシートが五つほどあったが、誰もそこには腰掛けてはいない。
「セクンドゥス、この艦の他の乗員はどこにいる」
ハッチのすぐ側で身体固定用のU字型フックに足を引っかけていたセクンドゥスにサキは尋ねた。
「現在艦内で活動している
K-12からの情報とも一致している。サキのセンサーの情報とも一致。セクンドゥス以外の生命痕跡は無い。
「諒解。艦内の臨検を継続する」
ブルータルスパイダーの制御中枢は前後六メートル程度の広さで幅は五メートルほど、高さは三メートルほどだった。セクンドゥスの身長からすると少々窮屈な感じだろう。
使われた形跡の無い座席は左右に二脚ずつ、一番奥がセクンドゥスの座席のようだ。
座席は背もたれが無く、正面のコンソールに覆いかぶさるように前傾姿勢をとって着座する形式のようだ。覆いかぶさったときに身体を固定するための装置が何枚も頭上に重ねられている。身体の固定とニューロサーキットの接続装置を兼ねているのだろう。
コンソールには六本の腕と同じ数だけのコントロールスティックや入力装置が所狭しと並べられていて、その正面には半球状のモニターがあった。スパイナの言語で様々な表示がされている。サキが視線を合わすとエリシムを経由してK-12が逐次翻訳情報を視界上に重ねて表示した。
接近警報やレーダー照射警報、敵性存在の感知などの警報が表示されている。武装システムに関しては「オフライン」と表示されている。照準システムも起動していない。ブルータルスパイダーは衝突防止用に最小限のセンサーのみを稼働させていた。しかし、表示されている兵器の残数が少ない。ミサイルもドローンも品切れだ。辛うじてレールガン弾頭のみ多少の余裕があるが、これでは力押しの戦術しかとれないだろう。
ブルータルスパイダーに接続しているK-12からも、コンソールの表示が
セクンドゥスによると、ブルータルスパイダーの定員は五名、指揮官が操舵手を兼任し、武装システムのコントロール要員が二名に索敵手と機関員が一名ずつという構成になっている。まるで使い捨て同然運用されていたドレドフルキャンサーとは違い、長期航行に必要な
他の乗員はどうしたという問いに対しては「最初から乗り込んでいない」という回答だった。セクンドゥスはこの艦を単独で奪取し、スパイナから離反したとのことだった。
ブルータルスパイダーからほぼ全てのアクセス権限を付与されたK-12は、情報槽の運用記録を次々と解析していた。ブルータルスパイダーが敵対意思を持っていないことはK-12も理解していたが、ブルータルスパイダーやセクンドゥスが把握していない有害なスクリプトが仕掛けられている可能性がある。K-12は防疫の為に分割していた自身の一方をさらに三つへ再分割し、多重的に検証を始めた。一つは得た情報をそのまま解釈し、もう一つはK-12本体の挙動をリアルタイム監視し、不自然なアウトプットが無いかを検証する。残りの一つはK-12自身がブルータルスパイダーの情報槽の中で特に興味を覚えた情報を、脈絡なくアクセスすることにした。
記録によると、かつてブルータルスパイダーが帰属していた母船集団は、天の川銀河ペルセウス腕にある大規模拠点より出発していた。正確な位置は記録には無かったが、特定しても無意味だろう。距離も遠すぎるし、そもそも、そこにはもう、何もない。
母船集団はペルセウス腕から太陽系のあるオリオン腕が交わるところ、ペルセウストランジットと呼ばれる宙域を経由してオリオン腕へと至る航路をたどっていた。つまりブルータルスパイダーの母体集団は少なくとも六千光年以上の距離を移動していることになる。
この世界のあらゆるものは光速を超える速度で移動することができない。つまり母体集団は六千年を遥かに超える時間をかけて移動してきているということになる。
スパイナの母船集団は、アミナーが開発したような小型の播種船などではない。膨大な質量に裏付けられた、とてつもない攻撃力と防御力をそなえた戦略級軌道要塞のような艦が複数、艦列に存在している。その中には惑星すらも質量兵器として投射する艦艇も存在していた。
光速に近づけば近づくほど、相対論的質量増加によりに加速に必要なエネルギー量は非線形に増大する。母船集団全体を亜光速まで加速するには、莫大な資源が必要なはずだ。必要なエネルギーを確保するために解体した星系は、おそらく一つや二つでは済まない。
そんなものをスパイナは銀河系のあらゆる方向に打ち出している……。K-12の思考にさざ波のようなノイズが走る。それは人類であれば戦慄と表現すべきものだったか。
しかし、今は機械知性のアルゴリズムの上に生じた感情のような小さな兆しを再検証するよりも、優先すべき事柄があった。
……、ブルータルスパイダーが母体集団を離脱してから経過した時間を考えると、セクンドゥスは母体集団からまだそれほど離れていない可能性が高い。
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